Stanford v. Roche

 Sup. Ct. Decision

2011/06/06

 Sup. Ct. Opinion

Bayh-Dole(1980)は、「まず、発明者が自身の発明に対する権利を取得する」という大原則を変更するのか?

summarized by Tatsuo YABE

September 14, 2013

"i know i should have picked up this case and summarized it much earlier!"

 

まとめ:

連邦政府による財政支援の基に発明がなされた場合に、Bayh-Dole(1980年成立)によって、その発明に対する権利が発明者から自動的に連邦政府との契約者であるStanford大学に移譲されるのか否かが争われた。 最高裁の多数意見(7-2)では、連邦政府の支援で生じた発明であっても当該発明は発明者に帰属するというのが大原則であり、Bayh-Dole法はその原則を変えるものではない。 連邦政府との契約者(Stanford大学)に権利を帰属させるためには発明者から書面で譲渡を受けることが必要である。

 

筆者注:

今回の事件はBayh-Dole法による発明(HIVウイルスの血中濃度を測定する手法に関する発明)の帰属が問題となった。 そもそもBayh-Dole法とは連邦政府の支援のもとで生まれた発明の活用を促進するために1980年に成立した法律であって、商品化が得意な組織とNPOとの協同を促進するとともに、米国政府が政府援助の発明に対し、十分な権利を確保することを目的としている。はStanford大学(連邦政府との契約者)と発明者(Dr. Holodniy)との契約(STFD大学-H氏契約)は、Cetus*と発明者(Dr. Holodniy)との間のVCR契約(VCR: Visitor’s Confidential Agreement)よりも先に締結された。 

 

*HIVウイルス感染レベルを測定する技術「PCR技術」に関する資産とそれに関連する権利の全てをRoche社が買収した。

 

然しながら、「STFD大学―H氏契約」が後にH氏が他者と契約を交わすことを完全に封じる強い文言になっていなかった(判決文5ページ中段:CAFCは「STFD大学―H氏契約」は将来の権利に対する約束にすぎないと判断しており、最高裁も否定していない)。 依って、後に交わされたVCR契約の有効性が維持された理解される。

 

然るに、本最高裁判決によると、連邦政府より財政支援を受けて発明が行われた場合であっても発明者と契約者(連邦政府との契約者:Stanford大学)との間に権利移譲に対する明白な文言を含む契約を交わしていなければその契約書の不備をBayh-Dole法によって補完することはできないというのが結論である。

 

また、Stanford大学側に立って考えるならば、Stanford大学の感染学部の研究者として外部から参加したDr. Holodniy以外にも同大学感染学部の純然たる研究者をCetusに派遣し、Dr. Holodniyと共同発明者となれる研究者を作っておくべきだったであろう。 そうすることでCetus(後のRoche)に対する権利行使はできないとしてもStanford大学は共同発明者より権利譲渡を受け、Bayh-Dole法の適用を受けることができたであろう。

 

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以下本判決7-2 decision: 201166日)の概要:

   

背景:

1985年、Cetus(カリフォルニア州の小規模な会社)が血液中のHIVウイルス感染レベルを数値化する手法を開発するために調査研究を開始した。CetusによるPCRという技術(ノーベル賞受賞)はこの研究の成果である。

 

1988年、CetusStanford大学の感染病学部の科学者と共同し新規のAIDS薬の有効性を確認するテストを開始した。Holodniy博士は、当時、研究者としてStanford大学の研究グループに参画した。 参画するにあたり、Holodniyは当該雇用契約の範疇で生じた発明に対する権利、タイトル、及び、利益をStanford大学に譲渡するという同意書に署名した。

 

HolodniyのアドバイザーはHolodniyPCRという技術を学ぶためにCetusにおいて研究業務に携われるように調整した。CetusHolodniyPCR技術にアクセスすることを許容する代わりに、Cetusにおいて生じた発明に対する権利、タイトル、利益を譲渡することに同意(VCA-AgreementVisitor’s Confidential Agreement)することを要求し、Holodniyはその同意書に署名した。その後、HolodniyCetusの雇用者と共同し、HIVウイルスの血中レベルを測定するPCRを基礎とする手法を開発した。 Holodniyはその後Stanford大学に戻り、Stanford大学の雇用者と共に当該手法を確認するべくテストを実施した。 後にStanford大学は当該手法に関連する3つの米国特許を取得した。

 

後に、RocheRoche Molecular Systems:血液分析を専門とする会社)はCetusPCR関連の資産(発明に関わる権利も含む)を取得した。 Rocheは、Cetusによって開発されたHIVレベルの測定手法に基づき臨床試験を繰り返し、その後、当該手法を市場化した。 今日、そのHIVテストキットは世界中の病院およびAIDS診療所で使用されている。

 

1980年に成立したBayh-Dole法は連邦政府と連邦政府との契約者との間における連邦政府資金で援助された発明(subject invention)に対する権利の割り当てを規定している。 35 USC 201(e),(c)及び202(a)。 当該法によると「発明(Subject Invention)」とは財政支援の同意書に基づく業務を遂行するうえで契約者(連邦政府との契約者)が着想した発明或いは具現化した発明を意味し、当該契約者は「発明(Subject Invention)」の権利を維持することを選択できる(“may elect to retain title to any subject invention”)。 Stanford大学のHIV測定技術はNIHNational Institutes of Health:合衆国衛生研究所)によって財政支援されているのでBay-Dole法が適用される。 同法律に基づきStanford大学は対象となる発明の権利維持を選択し、連邦政府に特許された手法の使用をライセンス許諾するとしたことをNIHに報告した。

 

2005年、Stanford大学の評議会はRocheHIVテストキットがStanford大学の特許を侵害するとし、Rocheを提訴した。 RocheHolodniyCetusに対する同意書によって、問題となる手法に対する共有者になるのでStanford大学は提起した侵害訴訟に対する当事者適格性がないと反論した。 それに対して、Stanford大学は、Bayh-Dole法によって大学が優先度の高い権利を有しているのでHolodniyは権利を譲渡する権限を持っていないと主張した。

 

地裁は、Stanford大学の意見を支持した。 HolodniyVCA契約によって自身の持つ権利をCetusに譲渡することになっている。 しかし、Bayh-Dole法によって、Holodniyは自身の持っていた権利を既にStanford大学に譲渡してしまったので、Cetusに移譲できる権利を持っていなかった。

 

CAFC(控訴審)は、地裁判決を破棄した。 即ち、HolodniyStanford大学に対する契約書は将来に派生するかもしれない権利の譲渡に対する契約であって、それは将来の権利を譲渡するという約束にすぎない。 しかし、HolodniyCetusに対する合意書はその合意によって既に権利はCetusに譲渡されており、契約法によって当該権利はRocheにあると判断した。 さらに、控訴審は、連邦政府の財政支援があるからという理由で、発明者の当該支援によって生じた発明に対する権利がBayh-Dole法によって自動的に無効になるということはないと判示した。

 

判示事項(概要)

Bayh-Dole法によって、連邦政府の財政支援を受けた発明に対する権利が連邦政府との契約者に自動的に与えられるということはない、或いは、連邦政府との契約者が一方的に当該発明の権利を取得するということにはならない。

 

1790年から発明者がなした発明に対する権利は発明者に帰属するという大前提のもとに米国特許法が機能してきたのである。See, Gayler v. Wilder 殆ど多くの場合に特許は権利取得を望む発明者に対して発行される、さもなくば、発明者は法律(書面で権利移譲の意思表示をすることで)によって自分の発明に対する権利を移譲することができるので、特許は譲受人に対して発行される。 See United States v. Dubilier Condenser Corp

 

権利移譲に対する合意書がない場合には、従業者の着想したる発明に対する権利を雇用者が獲得することはできない。 発明者は、自身の権利を雇用者が取得するのを許諾する明白な意思表示をすることが必要である。

 

Stanford大学と裁判所に対する助言者として米国政府は、連邦政府によって財政支援を受けることで発明が着想、或いは、具現化された場合には、Bayh-Dole法によって当該発明に対する権利は発明者の雇用者である連邦政府との契約者に帰属すると主張した。 しかし連邦議会(立法者)は過去において、特定の連邦政府との契約によって、連邦政府の支援のもとで生じた発明が連邦政府の所有物になるということを明白な文章で規定したことがある。 Bayh-Dole法にはそのような明白な文章は存在しない。 

 

Bayh-Dole法の202(a)は、連邦政府との契約者は権利を維持する(retain)ことを選択できると規定しているのであって、Bayh-Dole法によって権利が委譲されるわけではない。Stanford大学の維持する(retain)というBayh-Dole法の文言の解釈は取得する(acquire)、或いは、受ける(receive)と理解した主張である。そのような理解はretain(維持する)という用語の一般的な意味ではない。 既に所有していないものをRetain(維持する)ことはできない。

 

さらに、Stanford大学の主張、Bayh-Dole法の210(a)は連邦政府の支援で生じた発明に対する帰属を規定する他の法律のいかなるものよりも勝る法律であるという考え方は間違っている。 Bayh-Dole法の210(a)は「発明者が自身の発明に対する権利を所有する」という米国特許法の大原則を変更するものではない。 当該Bayh-Dole法は、連邦政府の財政支援のもとで生じた発明で政府との契約者が既に保有しているものに対し、連邦政府とその契約者との間における権利帰属の優先順位を規定しているにすぎない。

 

もしも連邦議会(立法者)が、Stanford大学が主張するように米国特許法の根幹を変革するような著しい変化を意図しBayh-Dole法を立案したとしたら、当然のことながら明白な文言で条文を表現したであろう。

 

発明者からの有効な譲渡書によって、連邦政府支援による発明がBayh-Dole法で規定するところの「発明(subject invention):即ち連邦政府との契約者が所有する発明」になる。 Bayh-Dole法は、「発明者が自身の発明を所有する」という米国特許法の原則を変更するものではない。

 

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 Breyer裁判官による反対意見がある。 

多数意見によるとBayh-Dole法があろうがなかろうが連邦政府の財政支援(納税者の税金)で生じた発明であっても発明者による当該発明の帰属権は全く影響を受けなくなる。 そのような解釈はBayh-Dole法立案の趣旨とはそぐわない、なぜなら民間は2度支払いを命じられることになる(納税者としての税金と特許を使用するときのライセンス費用)。また連邦政府との契約者(例:大学)から権利を取得した善意の第3者はその権利が真に有効なものか否か判断できなくなる。

 

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