CAFC判決 Raytheon Tech v. General Electric (GE) 2021年04月16日
Obviousness by a single non-enabling prior art? OPINION by CHEN (Lourie and Hughes) Summarized by
Tatsuo YABE – 2021-05-03 |
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本事案は自明性拒絶の根拠となる先行技術文献の「実施可能要件」に関する。ここで「実施可能要件」とは「1」先行技術自身に開示された発明(或いは特許文献ではない場合には技術文献の主体となるもの)の実施可能性(self-enabling)と「2」先行技術文献の開示によって問題となる特許クレームの特徴が(当業者にとって)実現可能となるかという2つである。
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本判決はPrecedential
Opinion(先例)であり今後のCAFCの審理を拘束するという意味では重要である。本判決で少なくとも以下の点が明瞭に判示された:
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Ø
通常自明性の判断においては先行技術に問題となるクレームの構成要素が開示されているか否か、あるいは、当業者が他の先行技術と組み合わせることの動機を与えるかを判断する。依って、通常は先行技術自身がその開示内容に対して実施可能(self-enabling)か否かは問題とならない;(MPEP2121-Iに先行技術は実施可能であるという推定が働くと記載されており審査官は先行技術を引用する際にその実施可能性を挙証する必要はない:筆者注)
Ø
一般論として自明性の根拠となる先行技術は、それ自身の開示物を実施可能(self-enabling)に記載している必要はない。Symbol
Techs v. Opticon (Fed. Cir. 1991) 新規性の根拠となる先行技術は自身の発明を実施可能に記載していなければならないが、非実施可能な先行技術であっても自明性の判断には適用可能である。
Ø
もし仮に先行技術が稼働不能な装置を開示していたとしてもその先行技術全体として教示する内容が先行技術である。例えば、先行技術が問題となるクレームの構成要素の一つに対して実施可能な説明が欠落していたとしても、当該欠落した説明を含む他の先行技術と組み合わせることに対する動機を与えることになりうる。Beckman
Instruments v. LKB (Fed. Cir. 1989)
Ø
クレームされた発明を実施できるということをサポートする他の証拠がない場合には、自明性の根拠となる単一の先行技術における問題となるクレームの構成要素に対応する記載箇所は実施可能でなければならない。Ashland
Oil v. Delta Resin & Refractories (Fed. Cir.
1985)
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本事件においては問題となった先行技術(1987年のNASAの技術メモ)は上記「1」及び「2」も満たさないと判断されPTABの審決を破棄差し戻しとなった。MPEP2121-Iに先行技術文献には実施可能性の推定が働くと記載されているが、出願実務において出願人側もその推定をそのまま受け入れている場合が多いと思料します。しかし本判決は、ときには先行技術のクレームの構成要素に対応する引用箇所の実施可能性に反論することで自明性拒絶を解消することも可能であるということを示している。(以上筆者)
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■ 事件の背景:
Raytheon社はガスターボエンジンに関する米国特許9695751の権利者であり、被疑侵害者であるGE社が米国特許庁の審判部においてIPRで当該特許クレームの有効性に対抗した。PTABはUSP’751の問題となったクレームを単一の非特許文献(Nasaの1987年のKnip氏による技術メモ)によって自明と判断した。しかしKnipメモは1987年当時において(今日においても)入手不可能な仮想的な化合物を使用することによって未来には実現しうると推論されたターボエンジンに関わる技術メモであった。CAFCにおける争点は、この単一の実施不能なターボエンジンに関する技術メモによって当業者が751の特許クレームを実施可能となるか否かが争点となった。依って、当該Knipメモがそれ自身の開示する未来の主題が実施不能であるという事実に鑑みて自明性の根拠となるのか、さらにはそれ自身の主題は実施不能であったとしてもその文献を当業者が学習し751特許のクレームの自明性の根拠とすることは正しいかが争点となった。
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■ 特許権者:Raytheon
Technologies Corporation
■ IPR申請人:General
Electric Company (GE)
■ 関連特許:USP
9,695,751 (以下751特許)
■ 特許発明の概要:
当該特許発明は広義にはギアタイプのガスターボエンジンに関する。当該ガスターボエンジン(20)は2つのタービン(46:
54)、特定の数のファンブレード(42)、タービンローターを備え、特に重要な特徴としては動力密度のレンジをエンジンのタービンの容積における海面レベルでの離陸スラスト力(SLTOスラストと呼称:Sea-Level-Takeoff
thrust)で規定している。
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■ 代表的なクレーム:
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USP’751: Claims
1-3 |
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1.
A
gas turbine engine (20) comprising: a fan including a plurality of fan blades (42) rotatable
about an axis; a compressor section (24); a combustor (26) in fluid communication with the
compressor section; a turbine section (28) in fluid communication with the
combustor, the turbine section including a fan drive turbine (46) and a
second turbine (54), wherein the second turbine is disposed forward of the
fan drive turbine and the fan drive turbine includes a plurality of
turbine rotors with a ratio between a number of fan blades and a number of
fan drive turbine rotors is between 2.5 and 8.5; and |
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■ PTABの判断
(審決)
GE 側の主張:
Knipメモは1987年のNASAの技術メモであり、複合材料を使用する仮想的な高性能ターボファン型のエンジンの構成を開示している。しかし当該複合材料は当時実在していないが、未来にそのような複合材料を製造できれば所定圧力比とタービン温度を実現可能となりエンジンの容量と重量を軽減可能となりエンジンの性能及び重量当たりのスラスト力を大幅に改善可能であることが記載されている。
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Knipメモには未来志向型のエンジン性能に関わるパラメター(変数)を多数開示しているものの751特許クレームで規定されたSLTOスラスト、タービンの容量、または、重量密度を開示していない。しかし、これらKnipメモに記載された変数を考慮し当業者であればKnipメモが想定する未来志向型のエンジンの動力密度を導き出すことは可能であろう。従って、これら仮想エンジンの動力密度に基づき751特許クレームの動力密度のレンジは新規性がない、或いは、自明である。
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或いは751特許クレームの動力密度は「結果に対して有効な変数:“result
effective variable”」と理解される。
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Raytheon側の反論:
GE側の主張「Knipメモに記載された変数を基に当該メモの未来志向型エンジンの動力密度を導き出し、当該仮想エンジンの仮想的な動力密度に基づき751特許クレームの動力密度と関連付ける」は間違いである。
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Knipメモには751特許でクレームされた発明を当業者によって実現できるようにする開示はない。そもそもKnipメモに記載された多数の変数及びそれから算出された動力密度は革新的(革命的)な材料に基づくものであって751特許の優先日には存在していない。
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PTABの判断:
両当事者の主張を参酌し、PTABは以下のように判断した:
GEの主張は751特許クレーム3を自明とするに必要な挙証基準を満たしている。
Knipメモの開示によって751特許クレームを実施可能であるか否かということが本事件における自明性判断のThreshold(基準)であり、それによって本事件の結果が決まる。
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Knipメモは十分な情報を含んでいるので当業者であれば当該情報を基に751特許クレームの動力密度を決定することが可能となるためKnipメモは751特許クレームの発明を実施可能とする。
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■ CAFCの判断
CAFCにおける争点は次の一点に絞られる。即ち、Knipメモは751特許クレームの発明を実施可能とせしめるかである。
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結論としては特許権者であるRaytheonの主張が正しい。Knipメモのいずれの箇所にも751特許クレームの発明を当業者に実施可能とするような記載はない。
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クレームを自明とする場合には、問題となる先行技術は、その全体として、当業者に問題となるクレームされた発明を実施可能とするものでなければならない。In
re Kumar (Fed Cir. 2005)
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一般論として自明性の根拠となる先行技術は、自明性の問に関連して言うと、それ自身の開示物を実施可能(self-enabling)に記載されている必要はない。Symbol
Techs v. Opticon (Fed. Cir. 1991) 新規性の根拠となる先行技術は自身の発明を実施可能に記載していなければならいが、非実施可能な先行技術であっても自明性の判断には適用可能である。
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もし仮に先行技術が稼働不能な装置を開示していたとしてもその先行技術全体として教示する内容が先行技術である。例えば、先行技術が問題となるクレームの構成要素の一つに対して実施可能な説明が欠落していたとしても、当該欠落した実施可能な説明を含む他の先行技術と組み合わせることの動機を与えることになりうる。Beckman
Instruments v. LKB (Fed. Cir. 1989)
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上記のように非実施可能な先行技術であっても自明性の判断には何らかの役割を果たすとしても、当業者であればクレームされた発明を実施できたであろうということを証明する記録が存在しなければならない。
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もしクレームされた発明を実施できたということをサポートする他の証拠がない場合には、自明性の根拠となる単一の先行技術における問題となるクレームの構成要素に対応する記載箇所は実施可能でなければならない。Ashland
Oil v. Delta Resin & Refractories (Fed. Cir.
1985)
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然るに先行技術自身で自明性の根拠として引用される箇所は実施可能でなければならない。これは新規性の根拠として使われる先行技術に要求されるものと同じである。
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上記に鑑み審判部の先行技術の実施可能という要件に対する判断は間違いである。本事件ではKnipメモが唯一の先行技術であり、審判部はKnipメモの開示内容によって当業者が問題となる751特許クレームの発明を実施可能となるかということを判断するのではなく、Knipメモには当業者が活用しうる多数の変数が開示されて、その変数によって問題となる751特許クレームの構成要素に到達できたかという判断をした。この判断が基礎となったためにKnipメモが751特許クレームの発明を実施可能にしたかという争点に対する判断には至らなかった。
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本裁判においてGEは審判部の判断をさらに進めて、Knipメモがそこに説明された仮想的なエンジンを実現できるか否かは自明性の判断には関係ないと主張した。しかし、その主張が成立するのは、他の先行技術によって当業者であればKnipメモを基礎としてクレームの動力密度を実現できたであろうという証拠が示されている場合である。
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従って、本事件においてはKnipメモ自身の実施可能性ということがクレームされた発明の実施可能性の判断に必要であるだけではなくその判断が本事件を結論づける。GE側の専門家証言ではKnipメモの記載によって当業者であればKnipメモのエンジンを実際に構成することが可能であり、751特許クレームの発明を実施可能にせしめたであろうと証言した。しかし当該証言は現実にものを作成したのではなくコンピューターによる仮想的なエンジンのシミュレーション(模倣)に過ぎない。
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GE側も反論していないように、Raytheron側の専門家(材料関係の博士であるWilliams氏)が証言するようにKnipメモに記載された革命的な素材(複合材)は存在しないことが証明されており、Knipメモの仮想的なエンジンを実現することは不可能である。
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CAFCの結論:
Knipメモの開示によって751特許クレームで規定された動力密度を備えたターボエンジンを実現することが可能であるということを証明するためにGEが提示した証拠は不十分であり、審判部のKnipメモを基礎とする実施可能性の判断は間違いである。
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審決を破棄する。
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