Novartis Pharma v. HEC Pharm 2022年6月21日 Dissenting Opinion by Judge Linn (Circuit Judges) Summarized by Tatsuo YABE – 2022-08-17 |
本事案は出願審査中のクレーム補正において否定的限定事項(Negative Limitation)が追加され権利化された。明細書には当該Negative Limitationの明白なサポートはないが、地裁、CAFCの多数意見では記述要件を満たすと判断しクレームの有効性を維持した。しかし、再考(rehearing)の要請を受けCAFCは多数意見の判事の一人を交代し(退職による)前回のCAFCの多数意見を覆す判決(即ち、クレームは記述要件を満たさないので無効)となった。
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O’Malley --> Hughes |
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多数意見 |
CAFC – Jan 2022 |
O’Malley - Valid |
Linn - Valid |
Moore - Invalid |
クレーム有効 |
CAFC – June 2022 |
Hughes - Invalid |
Linn - Valid |
Moore - Invalid |
クレーム無効 |
2022年8月現在、この事件は注目を浴びており知財関係者(ロースクールの著名な教授含む)から大法廷での審理を要請する意見書が提出されている。問題となるのは1回目のCAFCのパネル判決(多数意見)の後に同パネルによるrehearingが請求されたに拘わらず多数意見のO‘Malley判事の退職により違う判事が加わり2回目のCAFC判決において前回の多数意見が覆された。再考(rehearing)を請求された後にCAFCのパネルメンバー(3名の判事)が異なるメンバーになり判決されるということがそもそも稀(皆無?)であり、この手続き面の正当性が第1の争点である。
第2の争点は特許法の実体面であり、Negative Limitationに対する記述要件(112条)の判断基準に関する。第2回目のCAFCの多数意見においても2010年のAriad大法廷判決における法理論を踏襲していると述べているもののかなり厳格なサポートを明細書に要求しているのではないかという点である。例えば、以下のような記載がある:
「記録を見る限り、明細書に「負荷投与無し」という記載がない(即ち、沈黙している)ことで必然的に「負荷投与」を排除すると当業者が理解できることを示す証拠はない。」
上記第1の争点はさておき、上記第2の争点に関して筆者は第2回目のCAFCの多数意見の方がLinn判事の反対意見よりも説得性があると理解しています。即ち、当該多数意見は、クレームにおけるPositive LimitationであるかNegative Limitationに拘わらず2010年のAriad大法廷判決の法理に基づき判断することを前提としており、審査中にクレームに追加されたNegative Limitationのサポートが明細書にない、或いは、当業者にそのサポートがあると合理的に理解できるような記述もないという理由で記述要件違反(サポート要件違反)と判断した。もし本事案が大法廷に上がった場合にはそもそものAriad大法廷判決の112条(a)項の記述要件に対する法理論が若干修正されることになるかもしれない。(以上筆者)
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■ 特許権者:Novartis Pharmaceuticals Corp.
■ 被疑侵害者:HEC Pharm.
■ 関連特許:USP 9,187,405 (以下405特許)
出願日:2014年4月21日
特許日:2015年11月17日
■ 特許発明の概要:
当該特許は免疫抑制剤(多発性硬化症の再発を抑制する薬)の投与方法に関し、日々の投与量0.5mgを開始する前の負荷投与(loading dose:
薬物血中濃度を速やかに治療濃度に到達させるために事前に投与すること)無しで実施する。「負荷投与無し(”no loading dosage”)で実施する」という特徴は出願審査中に追加され特許された。
尚、当該薬剤はGilenyaというブランドネームで2011年以降日本でも販売されている。
■ 代表的なクレーム:(以下下線部が追加され特許された)
1. A method for reducing or preventing or alleviating relapses in Relapsing-Remitting
multiple sclerosis in a subject in need thereof, comprising orally administering
to said subject 2-amino-2-[2-(4-octylphenyl) ethyl] propane-1,3-diol, in
free form or in a pharmaceutically acceptable salt form, at a daily dosage
of 0.5 mg, absent an immediately preceding loading dose regimen.
■ 背景
本事案は少しユニークな経路を辿っている。まず審査において上記クレームの”absent an immediately preceding loading
dose regimen”という特徴(所謂Negative Limitation)が追加され権利化された。明細書には当該特徴の明白なサポートはなかった。地裁において権利者Novartisに有利な判決となった、即ち、当該特許クレームは無効ではなく、HECは侵害と判断された。HECは当該判決を不服としCAFCに控訴し、多数意見(2022年1月:O’Malley+Linn)では地裁判決が支持されたがMoore判事は反対意見を述べた。HECは当該判決を不服としパネル(3人の裁判官)による再ヒアリングを要請した。この時点でO’Malley判事はリタイヤしており、CAFCはHughes判事を追加し、本判決(2022年6月)に至った。本判決ではNovartisの特許は112条(a)項の記述要件を満たさないので無効と判断した。
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O’Malley --> Hughes |
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Outcome |
CAFC – Jan 2022 |
O’Malley - Valid |
Linn - Valid |
Moore - Invalid |
Claim -Valid |
CAFC – June 2022 |
Hughes - Invalid |
Linn - Valid |
Moore - Invalid |
Claim - Invalid |
■ 争点:
明細書に明白なサポートがない特徴(Negative Limitation)を出願時にクレームに追加し権利化された。当該特徴は明細書でサポートされていたと判断されるのか?即ち、112条(a)項の記述要件を満たすのか?
■ 地裁の判断:
Novartisの405特許は無効ではない。HECの行為(ANDA: Novartisの薬剤Gilenyaのジェネリックの販売許可を米国食品医薬品局に申請)は405特許を侵害している。
■ 2022年1月CAFCの判断
多数意見(Judge O’Malley+Judge Linn):地裁判決を支持する。
反対意見(Judge Moore)
CAFC – Jan 2022 |
O’Malley - Valid |
Linn - Valid |
Moore - Invalid |
■ 2022年6月再Hearing後のCAFC判決
多数意見(Judge Moore + Judge Hughes):地裁判決を破棄。
反対意見(Jude Linn)
CAFC – June 2022 |
Hughes - Invalid |
Linn - Valid |
Moore - Invalid |
405特許クレームで規定された特徴 “absence of a loading dose「負荷投与無し」”は明細書にそのサポートがないので112条(a)項の記述要件を満たしていない。依って、405特許クレームは無効である。
多数意見が無効とした理由:
Ariad v. Eli Lilly大法廷判決(2010)によると112条(a)項の記述要件を満たすには、クレームされた発明を出願時に発明者が所有していたことを当業者に合理的に伝えられる程度に明細書が充実していなければならない。ここで言う「所有」とは明細書に開示されていなければならない。クレームされた主題は、明細書に開示されたものに対する自明なものでは不十分である。Lockwood v. Am. Airline (Fed. Cir. 1997) 明細書に開示されていることが不可欠であり、その考え方は発明者が排他権を得ることに対する代償である。
否定的限定事項(Negative Limitation: “no loading dose limitation”)に関しても、明細書において問題となる構成要素を排除する理由を記載しているような場合に112条の記述要件を満たす。ある構成要素を排除する理由は当該要素を使用することによる不具合が明細書で記載されているような場合に妥当する。即ち、共通する点は、明細書における開示ということである。通常、沈黙(非開示)は開示とはならない。
明瞭に開示していないというだけでは排除していることの証拠には不十分である。もしそれを認めると、明細書に開示していないという事実に基づき否定的限定事項は明細書でサポートされていることになりうる。否定的限定事項はそれが文字通りに説明されている必要はないが、発明者がある特徴を排除する意図があったことを当業者に示す何らかの記載(例えば否定的限定事項による不具合)が明細書にあることが必要である。
ある特徴を排除することの明示はないものの明細書がそれを内在していると理解できる場合に否定的限定に対して記述要件を満たすと理解される。
否定的限定事項が明細書に開示されていない場合、当該限定事項が排除されている可能性があるというような当業者の証言では不十分である。しかし、問題となる技術分野においてクレームで排除された限定事項が常に排除されるものであると当業者が理解できるということを発明者が挙証できる場合には否定的限定事項が明細書に開示されていなくても記述要件を満たすであろう。
[i] 地裁の405特許の明細書の理解に重大な間違いがある。最初に日々の投与量から始める(即ち日々の投与の前の「負荷投与」無し)ということを明細書に開示されているという地裁の理解は明らかな間違いである。明細書のどこにもそのような記載はない。明細書は、患者は最初に2~6か月の治療を受けると記載している。
[iii] 405特許の明細書には「負荷投与」の有り・無しに関する記述はない。そもそも負荷投与の必要性に関して明細書には一切言及されていない。405特許の明細書にクレームの否定的限定事項、即ち、日々の投与の直前に「負荷投与」をすることを否定する理由が記載されていないことをNovartis側の専門家Lublin氏も同意している。
[iv] 明細書に日々の投与量が記載されていることで、日々の投与前に負荷投与がないとは解釈されない。もし日々の投与量が記載されていることで負荷投与がないと必然的に解釈されるのであれば、その特徴(日々投与の前に負荷投与がない)を追加せずとも権利化できたはずである。
[v] 専門家の証言で明細書に「負荷投与がない」ことを開示しているとあるが、正しくない。当該専門家の証言はあくまで明細書のどの箇所に「負荷投与がないこと」という特徴を挿入するべきであったかを述べているのであって、真の争点は発明者が「負荷投与」を排除していたのか否かである。記録を見る限り、明細書に「負荷投与無し」という記載がない(即ち、沈黙している)ことで必然的に「負荷投与」を排除すると当業者が理解できることを示す証拠はない。事実、専門家の全てが時々、負荷投与をMS患者に実施することに同意している。
[vi] 内部証拠によっても、「負荷投与」をすることなく日々の投与をすると記載していないと、負荷投与を排除すると当業者は理解できない。
我々、多数意見はクレームの否定的限定事項(Negative Limitation)に対する記述要件の基準を高くしているわけではない。2010年のAriad大法廷判決の法理に基づき積極的に開示された限定事項に対する記述要件を否定的限定事項に対しても同様に適用しているのである。否定的限定事項に対する記述要件を満たすために、積極的に当該限定事項を排除する明白な記載を求めるものではない。繰返しになるがクレームで規定する積極的な限定事項に対する記述要件(発明者がクレームされた発明を所有していたことを当業者に合理的に理解させるレベルの充実した開示)を否定的限定事項にも適用するということである。
結論:
地裁の判決(「負荷投与」無しというクレームの否定的限定事項に対する記述要件を満たす)は明らかな間違いである。依って405特許は無効である。地裁判決を破棄する。
[1]以下Wikipediaより:
フィンゴリモド(Fingolimod、開発コードFTY720)は免疫抑制剤で、リンパ球がリンパ節から体液中に出るのを妨げて免疫を抑制する。多発性硬化症治療薬として発売されている。アメリカ合衆国では2010年9月、日本では2011年11月28日に発売された。商品名はイムセラ(田辺三菱製薬)、ジレニア(ノバルティスファーマ)。
[2] 以下、日経メディカルより:
フィンゴリモド製剤の解説
薬の解説
薬の効果と作用機序
リンパ球の血液中への移出抑制作用などにより髄鞘の破壊などを抑える薬
多発性硬化症(MS)はリンパ球が中枢(脳や脊髄)へ移行し神経線維を覆う髄鞘が破壊させる脱髄により様々な障害があらわれる
リンパ球はS1P1受容体というものを介して血液中へ移出し中枢へ移行する
本剤はS1P1受容体へ結合することでこの受容体を障害(内在化や分解)することでリンパ球の血液中への移出を抑制する
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