CAFC判決
McCoy
v Heal Systems 2021年4月1日
自明性判断における「当業者のレベル」とは? OPINION
by Reyna (Dyk and Taranto) Summarized
by Tatsuo YABE –
2021-04-11 |
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本事案はクレームの自明性を判断する仮想的な人である「当業者」のレベルに関する判決であり、筆者の知る過去二十年の間においても極々稀な判決です。争点は、当業者が専門家の助言をもらっているような場合に、専門家の助言により知識レベルがアップしたと想定される知識レベルが自明性判断者(即ち103条の当業者)のレベルとして妥当するか否かである。平たく言うと当業者が専門家の助言によって自明性判断をするときの当業者のレベルは高くなるのかである。CAFCの判断としては技術分野において専門家より助言を得ることが通常の場合にはその専門家の助言により知識レベルが高くなったと想定される当業者であってもその当業者のレベルでもって自明性を判断することは間違いではない。
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そもそもProsecution(出願審査経過)において当業者のレベルに関して反論するのは極稀なので実務におけるこの判決の意味合いは無に等しいかもしれない。とは言え、Graham
v. John Deere (1966年最高裁判決)で判示されているように、自明性判断の基礎となる確認するべき事実問題は「1」先行技術の開示内容;「2」先行技術とクレームの差異;「3」当業者のレベル;及び、「4」客観的証拠がある。このように当業者のレベルの確定は重要な事実問題である。さらに、2014年のNautilus最高裁判決において、クレームの明瞭性の要件を満たすには当事者が合理的な確証をもってその権利範囲を理解できなければならないと判示した。ここでも当業者がクレームの明瞭性を判断する仮想的な人である。依って、今回の判決を稀に見る機会として「当業者」に関して一度レビュするのも良いかもしれない。
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1941年に遡るとCuno
Eng’g v. Automatic Devicesという最高裁判決があり発明を権利化するためには通常の人のレベルを超えた天才の閃き(flash
of genius)が発明に現れていることが必要であると判示した(世界大戦勃発によって兵器を自由に製造できるように特許を弊害と見た時代背景がある)。この判断基準は1952年の現特許法の成立までの約10年間継続された。即ち、発明は天才によると理解されるくらいに輝かしいものでなければ特許にはならないとされた。言い換えるとこの時代の当業者とは天才の一歩手前くらいの仮想人物であったと理解される。余談になるがこの最高裁判決のフレーズ(flash
of genius)をタイトルにしたハリウッドの映画が2008年に公開された(1969年以降は殆どの車両に搭載されている間欠運動をするワイパーの発明者がFORDを相手に侵害裁判をするという事実に基づいた映画である)。
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当業者のレベルに関しては審査便覧の2143.03に比較的詳しく説明されている。(以上筆者)
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■ 事件の背景:
McCoy氏はHeal社によって提起されたIPRの審決(2019年12月30日:クレームは新規性欠如・自明で無効)を不服としCFACに控訴した。PTAB(審判部)が想定した当業者は正しくないというのがMcCoy氏の主張である。
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■ 特許権者:James
McCoy
■ 被疑侵害者:Heal
Systems, LLC
■ 関連特許:USP
9,790,779 (以下779特許)
■ 特許発明の概要:
当該特許はオイル・ガスの分離装置及びその方法に関し、井戸から汲みあげられる流体の圧力勾配を緩和するパイプと分離手段を備えている。
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■ 代表的なクレーム:
図1: |
USP9,790,779
: Claim
1 |
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1 An apparatus for production of well fluids, including
well liquids and well gases, in an oil and gas well having a casing
extending down to an oil and gas formation, wherein the casing has an
interior and has perforations formed therethough for receiving oil and gas
from the formation, and the well having a pump supported from a tubing
string with a pump inlet located above the perforations, the apparatus
comprising: |
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■ CAFCにおける争点に関して:
PTAB(審判部)が採用した「当業者のレベル」は正しいか?
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■ PTABの判断
2019年12月30日の審決によると
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McCoy氏が主張する779特許のクレームは全て新規性を欠くか或いは自明である。
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McCoy氏の特許における当業者とは少なくとも機械工学、石油工学、或いは、化学工学の学位(大卒)を持っており水分或いはガス分離に関する掘削技術の分野において3年〜4年の実務経験を有する者と想定される。
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当業者が専門家にアクセスできるという事実によって当該当業者が専門家にはならない。
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当業者は特定の技術分野に関して専門家にアクセスするものである。
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779特許の明細書の記載を基に当業者にとって何が一般的であるか、或いは、当業者にとって通常であるのかを判断した。
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■ CAFCの判断
審決を支持する。
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米国特許法103条に規定された「当業者」:
当業者とは特許法103条の条文に規定されているとおり自明性の判断をする立場にある仮想的な人である。Graham
v. John Deere (1966)
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当業者の通常のスキルとは:
判例によると当業者の通常のスキル(ordinary
skill)は専門家の備えるスキル(能力)とは異なる。発明が自明であるか否かを判断するのは当業者(person
of ‘ordinary skill in the art’)であって、裁判官、一般人、或いは、技術分野が全く異なる当業者、或いは、技術分野における天才によるものではない。 専門家の役割とは争点がある場合に部分的な見解を提供するということであるEnv’t
Designs v. Union Oil Co. (Fed. Cir. 1983) 。
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当業者が専門家から助言を得る場合にその当業者は103条の判断をする上での当業者ではなくなるのか?
PTABにおいて専門家の能力を敢えて当業者の定義に用いたが、この表現(定義)では当業者の能力(レベル)を定義するには過度に広く不明となる。ある技術分野において地震学の専門家の知見を得ることが常であれば、当業者の能力(レベル)として当該専門家の助言を考慮に入れることも適切であろう。しかし、専門家の助言を得ることが当業者にとって通常のことではない場合には、当業者の能力(レベル)を専門家の助言に依存することは適切ではない。本事案においては当業者が専門家に一部依存することが一般的であると理解できる。McCoy側の専門家の証言においても本技術分野において専門家に助言を得ることが助長されていると認めている。依って、問題となるクレームの自明性を判断するにあたり当業者の観点だけではなく専門家の観点からも判断することを良しとしたPTABの判断は間違いではない。
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明細書で周知とした記述は当業者にとっても周知か?
McCoyは779特許の明細書を参酌し、当業者にとって何が周知かを判断したのは不当であると主張しているが特許明細書で何が先行技術であるかという記載があればそのような記載は出願人及び権利者を拘束しその情報を基に新規性及び自明性を判断する。さらに明細書において発明のある部分が周知であると述べている場合にはそのような記述は当業者にとっても周知であると解釈される。
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CAFCの判決:
上記したようにPTABによる当業者の定義は間違いではない。さらにPTABの特許性に関する審決は十分な証拠で支持されている。然るに、PTABの審決を支持する。
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35 U.S.C. 103 (AIA)
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米国特許法第103条
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A patent for a claimed invention may not be
obtained, notwithstanding that the claimed invention is not identically
disclosed as set forth in section 102 , if the differences between
the claimed invention and the prior art are such that the claimed invention as a whole would have been obvious before the effective filing date of
the claimed invention to a person
having ordinary skill in the art to which the claimed invention pertains.
Patentability shall not be negated by the manner in which the invention
was made.
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クレームされた発明が、本法第102条に定める先行技術に同一の内容で開示されていなくても、クレームされた発明と先行技術との差が有効出願日以前に、当該発明の属する分野における当業者にとって、当該発明を全体として自明であったと判断される場合には、特許できない。特許性は発明にいたる過程によって否定されてはならない。
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■ 天才の閃きでないと権利化できない時代(1941年〜1951年)
CUNO ENG’G CORP. v. AUTOMATIC DEVICES CORP. 1941年最高裁判決
“That is to say the new device, however useful it may be, must reveal the
flash of creative genius not merely the skill of the calling. If it fails, it
has not established its right to a private grant on the public domain.”
新規な装置は有用性があるとしても、それには天才の想像力による閃き(ひらめき:
Flash of Genius)が現わされていいなければならない。さもなくが個人に公共のドメインにおける権利を付与することはできない。 1941年(第2次世界大戦中)には特許(排他権)の存在が邪魔であったという背景があり、この基準は1952年の現行の米国特許法が制定されるまでの約10年間続いた。
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Flash
of Genius (2008) US Movie
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Source: amazon.com - DVD Flash of Genius |
カーンズ氏は1969年以降殆ど全ての車両に搭載されている間欠運動をするワイパーの発明者である(USP3351836; USP3602790) 。
自身の特許発明を試作しFORDに売り込みをかけた(プレゼンをした)。FORDの技術者から好印象を得たので製造の準備をしていたがその後FORDより連絡が途切れてしまった。諦めていた頃にFORDの展示会を覗いたところ当該特許発明がワイパーに使用されていた。FORDを相手にライセンス交渉をするも成果がなかったので1978年FORD相手に侵害裁判を起こした。弁護士が替わるなどの事情によって訴訟が長引いたが最終的にはカーンズ氏が自己弁護(Pro se)を行い訴訟を戦った。1990年に約100億円以上の和解金の基にFORDと和解した。その後クライスラー、GM相手の訴訟においても実質的にカーンズ氏の勝訴となった |
■ 審査便覧による当業者のレベル:MPEP2141.03
I.
当業者のレベルを決定するための要因:
[A] 発明の技術分野における問題の種類;
[B] 従来技術による解決手段;
[C] 発明の技術分野における開発の速度;
[D] 技術分野の高度・洗練性の度合い;
[E] 発明の技術分野で勤務する人のレベル;
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In
a given case, every factor may not be present, and one or more factors may
predominate." In re GPAC, 57 F.3d 1573, 1579, 35 USPQ2d 1116, 1121
(Fed. Cir. 1995); Custom Accessories, Inc. v. Jeffrey-Allan Indus., Inc.,
807 F.2d 955, 962, 1 USPQ2d 1196, 1201 (Fed. Cir. 1986 ); Environmental
Designs, Ltd. V. Union Oil Co., 713 F.2d 693, 696, 218 USPQ 865, 868 (Fed.
Cir. 1983).
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当業者とは通常の想像力を備えた人でありロボットではない。KSR
Int'l Co. v. Teleflex Inc.,
550 U.S. 398, 421, 82 USPQ2d 1385, 1397 (2007).
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出願に対する先行技術とはならない刊行物であっても当業者のレベルを知る上で利用することも可能である。Ex
parte Erlich,
22 USPQ 1463, 1465 (Bd. Pat. App. & Inter. 1992). See also Thomas &
Betts Corp. v. Litton Sys., Inc., 720 F.2d 1572, 1581, 220 USPQ 1, 7 (Fed.
Cir. 1983)
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II.
SPECIFYING A PARTICULAR LEVEL OF SKILL IS NOT NECESSARY WHERE THE PRIOR ART
ITSELF REFLECTS AN APPROPRIATE LEVEL
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III.
ASCERTAINING LEVEL OF ORDINARY SKILL IS NECESSARY TO MAINTAIN OBJECTIVITY
当業者のレベルを知ることは自明性判断における客観性を担保するのに重要である。Ryko
Mfg. Co. v. Nu-Star, Inc.,
950 F.2d 714, 718, 21 USPQ2d 1053, 1057 (Fed. Cir. 1991).
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