KSR v. Teleflex (Supreme Court Decision) 合衆国最高裁判決 2007年04月30日 破棄差し戻し 2007年4月30日、合衆国最高裁判所によるKSR事件の判決が出ました。 CAFCの判決は破棄されました。 即ち、自明性の判断において、引例の組み合わせに対するTSM(teaching, Suggestion, Motivation)の存在が証明されることなく自明と判断されないとしたCAFCの判示は否定されました。 即ち、TSMテストを厳格に(硬直的に)適用することは最高裁のこれまでの判決と矛盾するとし、TSM以外にも当業者にとっての一般知識・常識が参酌され、自明性の判断が行われることが判示されました。
注意: TSMテスト(引例を組み合わせて自明性拒絶をするときに当該組み合わせに対するTeaching, Suggestion, Motivationの存在を判断するテスト) By
Tatsuo YABE on
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Also visit:
KSR
v. Teleflex ( Oral Arguments at Supreme Court, )
KSR seeks Supreme Court Review by certiorari on CAFC's decision April 06, 2005
筆者コメント:
今回の最高裁判決を一言で述べるなら「引例を組み合わせて自明性拒絶をするときにTSMテストを柔軟に適用することは否定されないが、当業者の一般知識および常識も考慮に入れられなければならない。」である。 本最高裁判決はMPEP2143の「一応の自明性拒絶」の要件を確認したにすぎないとも言えよう(以下第1要件参照)。
2143: Basic Requirement of a Prima Facie Case of Obviousness |
審査便覧MPEP 2143 『一応の自明性拒絶』の要件 |
To establish a prima facie case of obviousness, three basic criteria must be met. First,
there must be some suggestion or motivation, either in the references
themselves or in the knowledge generally available to one of ordinary
skill in the art, to modify the reference or to combine reference
teachings. Second,
there must be a reasonable expectation of success. Finally, the prior art reference (or references when combined) must teach or suggest all the claim limitations. |
審査官が『一応の自明性拒絶』をするときには以下の要件を満たさなければならない: 第1要件: 先行技術を改良、あるいは先行技術文献の教示内容を組み合わせるということに対する「示唆」或いは「動機付け」が先行技術文献、或いは、当業者の知識で一般的に周知でなければならない。 第2要件: 上記改良或いは組み合わせが成功するということが先行技術によって合理的に期待できるものでなければならない; 第3要件: 先行技術文献(或いはそれらが組み合わされるとき)がクレームの構成要素の全てを教示或いは示唆していなければならない。 |
今回の最高裁判決のキーとなる判示事項及び傍論は以下を含む:
(1)
自明性判断においてTSMテストの適用自体は否定されない(後知恵に基づく分析を回避するためにTSMの存在を確認するのは有効)
(2)
自明性判断においてTSMテストを厳格に硬直的に適用するのは禁止(これまでの最高裁の判決および103条と矛盾する)
(3)
自明性判断において当業者の一般知識・常識を考慮に入れること; ⇒ 2006年CAFC判決(DyStar事件)で皮肉にもCAFCが既に判示している。
(4)
今回の最高裁判決は自明性を否定するために相乗効果テスト(Synergy
Effect)をクリアすることの必要性を名言していないが、公知の要素の組み合わせによって周知で予期される結果しか出せない場合には自明と判断されるであろうと述べている;
(5)
当業者にとっての自明性であって、発明者による自明性ではない;
(6)
当業者とは通常の想像力を備えた人で、ロボットではない;
本判決の影響を一言で言うならば、出願審査において審査官は自明性拒絶をしやすくなる方向であり、侵害警告を受けた側にとっては特許の無効理由を主張しやすくなるといえよう。 言い換えると、TSMテストの主張で成立した特許の権利行使に対するハードルが高くなり、出願審査においてTSMテストを強行に主張しても実りは少なく、引例を組み合わせることの困難さ、あるいは、当該組み合わせが否定されていること、さらには、当該組み合わせによって生じる予期せぬ効果を主張することが必要となり、審査においても自明性のハードルが高くなると予想されます。
see also :
KSR_v_Teleflec_2007_Sup_Ct.pptx
(live.com)
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【事件の背景と要約】
KSR社は地裁判決(特許無効)を破棄差戻ししたCAFC判決に不服をとなえ、最高裁への裁量上訴し、上訴が認められました。 争点は、「先行技術の教示内容をクレームされた態様に組み合わせるように当業者を導いたであろうという教示、示唆、或いは、動機付けの存在を示す証拠がない場合には、103条(a)項の基に自明で、特許性がないと言えないとしたCAFCの判示が正しいか否か」であります。 問題となったEngelgau特許のクレーム4は前後方向に取付け位置が調整可能なペダルを規定しており、同ペダルの踏込み量を電子制御装置で検出し、信号を生成することを規定しており、無効を主張したKSR社はAsano特許(踏込み量を機械的にリンクしスロットルを開口するという形態)及び他の米国特許と市販されていた制御ボックスの存在とを組み合わせて無効性を主張しました。 地裁においては無効が認められましたが、CAFCにおいて同無効が破棄されました。 その理由は、Asano特許と市販品の制御装置をクレーム4のように組み合わせるという teaching / suggestion / motivationが証明されていないということであります。 言い換えると、CAFC判決に基づき特許クレームを無効にするときに先行技術文献の組合せは、当業者にとって一般技術常識であったと主張するのは不十分で、同組合せに関する teaching, suggestion, or motivationがどこかに記載されている必要があると判断するのと同等になります。 上記経緯を踏まえ、最高裁は2006年6月26日に裁量上訴を認めるに至り、去る2006年11月28日に口答審理を経て4月30日に最高裁の判決が出ました。
CAFCの判示事項は以下の理由で誤りであるとされた。
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CAFCの自明性判断テスト「TSM(Teaching,
Suggestion, Motivation)テスト」を厳格に適用すると開放的、且つ、柔軟的なアプローチをとった最高裁判決と矛盾する。
■
自明性の判断において(当業者にとっての)一般知識・一般常識を考慮に入れることを否定する硬直な規則(即ち、TSM以外は判断材料としない)は最高裁判決と矛盾する;
拠って、KSRの主張が認められ(基本的には地裁からの主張:Engelgau特許のクレーム4はAsano引例と他の先行技術によって自明である)、CAFCの判決は破棄・差し戻しとされた。
【関連技術】
USP6237565 (Engelgau) Teleflexの特許
Engelgau特許 USP6237565
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クレーム4
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4.
A vehicle control pedal apparatus (12) comprising: |
Engelgau特許(USP6237565)は基本的にはアクセルペダル(或いはブレーキペダル)に関する発明を開示しており、ペダル14をガイドロッド62の長手方向に変位可能であって、ドライバーの体格に合わせてペダル14を適切な位置に移動し、同選択位置で固定可能であります。 この前後方向での位置調整可能なペダル構造はAsano特許(USP5010782)にズバリ開示がありますが、Asano特許はUSP’565の審査中に引用されておりません。 ペダルの回動と連動連結された揺動軸に取り付けて、その回転量を検出し、検出値に相当する信号を生成する電子制御装置は本特許出願前に市販されていたとのことです。 このようにAsano特許のペダル位置調整可能構造と市販品である制御装置を組み合わせるとUSP565特許のクレーム4の構成要素はすべて満たされることになります。
← 先行技術: Asano特許(USP5010782) Fig. 5
レバー52は揺動軸54回りに回動可能な状態でBKT50(車体に固定)に支持されており、ペダル74は図のように前後方向にシフト可能で位置決めをすることができる。 ユーザーの体型に合わせてペダル74を最前端の状態(実線)と最後端の状態(二点鎖線)との間の所望する位置で固定し、同ペダルをユーザーが踏みこむとレバー52が揺動軸54回りに揺動し、同レバー52の回動運動が、第2揺動軸60回りに揺動支持された操作レバー58に連動され、操作ワイヤ61を後方に移動させるという水平運動に置換する。 このようにAsano引例ではペダル74の前後方向位置の調整が出来る構造を開示しており、但し、ペダル操作量(踏込み量:⇒揺動軸周りの角度変位)と、それに比例して開口するスロットル(操作ワイヤ61の引張り量)が機械的に連動連結されている構造であります。
*******************最高裁判決要旨***********************
最高裁は以下の理由でCAFCの判示を破棄・差し戻しました。
(A)
Graham最高裁判決は自明性判断に対する「均一と明瞭性」の必要性を認識した。 しかしGraham判決で判示されたのはHotchkiss最高裁判決の機能的アプローチを再確認したにすぎない。 Graham事件においては自明性判断のための種々の質問を規定するとともに、裁判所が適切と判断する場合には2次的な考察をすることを許容した。 103条条文の構築とGraham判決の判示事項のいずれにおいても先行技術にある要素を組み合わせることを基礎とする特許を許可するときの注意事項に対する最高裁の過去の判決と矛盾するものではない。
“各々の機能を変化させることなく既知の構成要素を単に組み合わせた発明は、・・・・・・周知なるものを独占権の領域に移行するので、熟練したる者(当業者)が利用可能な資源を奪い取ることにほかならない”
Great Atlantic & Pacific Tea Co. v. Supermarket Equipment Corp., 340
“湿式バッテリ”に関する発明で従来技術との相違点は酸の代わりに水を含有していること、電極が亜鉛、塩化銀の代わりにマグネシウムと塩化銅で構成され、最高裁は特許クレームが既知の構成を基礎とし、その要素の一つを既知の要素に置き換えた場合に、その組み合わせは予期される以上の結果を生成しなければならないと判示した。 さらに、裁判所は当該組み合わせに対して先行技術が否定する姿勢をとっている場合には、それらの組み合わせを可能にする手段を発見することはおそらく非自明であろうと判示した。
Anderson’s
Black Rock, Inc. v. Pavement Salvage Co., 396
問題となった発明は既知の要素を2つ組み合わせたもので、放射タイプの熱バーナーと舗装機であり、これらを組み合わせた装置は当該組み合わせによる相乗効果(“synergy”)を現出しない。 放射タイプのバーナーは予期されるバーナーとしての機能をするのみで、舗装機械においても同じである。 2つの要素の組み合わせはそれらが個々に、且つ、順番に生じる結果以上のなにも達成することはない。
Sakraida
v. AG Pro, Inc., 425
特許が既知の要素を配列し、個々の要素が周知の機能を期待通りに果たすのみで、その配列により期待される結果しか生じない場合には、そのような組み合わせは自明である。
Sakraida判決とAnderson’s-Black判決での判示、即ち、自明性を判断するときに裁判所は「改良された部分は、それに対する公知で予期された効用を超えるものかどうか」を問わねばならない。
(B)
組み合わせが自明であることを証明するために、既知の要素を組み合わせることに対するTeaching,
Suggestion, Motivationの存在を示すことに対してCCPA(CAFC設立前に特許裁判を数多く受理していた連邦裁判所)の判示に有用な見識がある。 Adams判決にあるように、複数の要素で構成される特許は、それら複数要素の各々が個別の先行技術で周知であるということのみでは当該特許は自明とされない。 これは発明の殆どが既知なるものの組み合わせで構成されるからである。 しかし、この見識は硬直的、且つ、絶対的な公式と理解されるべきではない。 CAFCのTSMテストが硬直的に、絶対的な公式として適用されると最高裁の判示と矛盾することになる。 自明性を判断するときに教示、示唆、及び、動機
(Teaching, Suggestion, Motivation)という用語の形式的概念に拘束されてはならない、あるいは、刊行物および発行された特許公報で明示された内容を過度に重要視してはならない。
(C)
CAFC判決の誤り:
(1)
裁判所及び審査官は「自明性の判断をする際に特許権者が解決しようとする課題のみを考慮するべきである」とするCAFCの判示は誤りである:
重要なのは組み合わせが特許権者にとって自明であるかではなくて、当業者にとって自明であるかということである。 発明当時に当業者が認識している必要性或いは問題の何れによってもクレームの構成要素を組み合わせることに対する動機付けを提供することになる。
(2)
「問題の解法を模索する当業者は、同じ問題を解決するための先行技術にのみ誘導される」としたCAFCの推定は誤りである:
è (言い換えると、自明性判断をするときに適用できる先行技術は発明者と同じ問題を解決したるものに限定される…としたCAFCは誤りである:筆者注)
Asano引例の主たる目的は一定比率に起因する問題を解決するところにある、然るに、CAFCはセンサを調整可能なペダルに付加することを検討する発明者が当該センサをAsano引例のペダルに取付けることを考え付くことはありえないと判示した。 然しながら、一般常識というものは、よく知られた要素(アイテム)がその主目的以外にも使用されることがあることを示し、多くの場合に当業者は、パズルを解くように、複数の特許の教示内容を組み合わせることができたりする。 Asano引例の主目的が何であれ、Asano引例の装置は位置調整可能ペダルとそれに固定された揺動点の構造を例示しており、当該固定された揺動点がセンサの最適な取り付け位置であることを開示したる先行技術は数多くある。 位置調整が可能な電気式ペダルを作ろうとする設計者が、(Asano引例では)主目的を一定比率の問題を解決することなのでAsano引例の開示内容を無視するという理由付けは全く意味をなさない。 当業者とは一般的な想像力を有する人物であり、ロボットではない
(“A person of
ordinary skill is also a person of ordinary creativity, not an automaton”)。
問題解決に対する設計ニーズ、或いは、市場ニーズがあり、且つ、同問題に対する有限数の確定された、可能な解決法がある場合に、当業者がその技術範疇においてそれら解決法を試していくということは当然である。 このようなアプローチによって当業者が予期せぬ成功を収めた場合、その産物はおそらく革新的なものではなく、一般知識と常識の産物となるであろう。 このような場合には、「試行錯誤することは自明である(
obvious to try)」という事実は、103条の自明性を示すことになろう。
(3)
CAFCは、裁判所及び審査官が後知恵(偏見)に基づき分析する危険を回避するために、間違った結論に到達した。
当業者の一般知識に依存することを否定する硬直な規則(自明性の判断においてTSM以外は考慮に入れない:筆者注)は最高裁判決に鑑みて不要であり、且つ、同判決と矛盾する;
CAFCは DyStar
Textifarben GmbH & Co. Deutschland
KG v. H. Patrick
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KSRは、「Asano引例のペダルの固定された揺動点にモジュラーセンサ(電気式センサ)を取り付けるという改良は、当業者にとって周知技術の範疇である」ことを示す説得性のある証拠を提示した。 KSRの提示した議論・記録によってEngelgau特許のクレーム4は自明であると判断される。 地裁判決を破棄するにあたりCAFCは争点を狭く、且つ、厳格に分析しすぎたため、その結果、自明性の条文103条及び最高裁判決と矛盾するに至った。 拠って、CAFCの判決を破棄するとともに、再審理のためにCAFCに差戻しとする。
合衆国最高裁判決
http://www.patentlyo.com/patent/files/KSRvTeleflexOpinion.pdf
Dennis Crouch弁護士の Patently-O: Patent Law Blog より