CAFC判決 Amgen Inc. v.
Coherus Biosciences 2019年
07月 29日 出願経過による禁反言
OPINION by JUDGE STOLL Summarized by Tatsuo YABE –
2019-08-30 |
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本判決は経過書類禁反言に関するもので権利者Amgenは出願審査中に引例と識別するために引例にはクレームされた塩(salt)の組合せが開示、示唆されていないと述べた。訴訟において、Amgenは、拒絶理由を回避するために引例には「塩の組合せ自体」が開示されていないと主張したのであって、「クレームされた塩の組合せ(第1塩と第2塩)」が開示されていないと述べたのは引例の開示に対する単なるコメントであると反論した。然し、CAFCは出願経過において出願人が特許を取得するために主張した内容は、それが権利化するために本当に必要であったか否かに拘らず、禁反言を構成することになりうる。寧ろ、禁反言を構成するか否かの判断は競合者が出願人の主張内容が問題となる発明主題を放棄するものであると合理的に理解するものかどうかで判断すると判示した。
然るに、審査経過で引例との差異を主張する場合に権利化のために不可欠な場合には「引例にはクレームされたXが開示されていない」と主張するのはやむを得ないが、そうではない場合には「引例には少なくとも(”at least”)クレームされたXは開示されていない」と主張するべきである。
さらに出願審査経過における反論はそれが権利化直前の反論であるか、それ以前のものであるかに拘らず禁反言を構成することになりうる。もしも反論に禁反言を構成するよう主張がある場合には後の反論時に問題となる主張を撤回するべく主張を盛り込むことが重要である。
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■ 特許権者:Amgen
Inc.
■ 被疑侵害者:Coherus
Bioschiences
■ 特許:USP
8,273,707
■ 特許発明の概要:
技術分野としては遺伝子組換型治療用のプロテインに関し、発明の概要はHIC(疎水性相互作用のクロマトグラフ:
Hydrophobic Interaction Chromatography)を用いて不純物を取り除く手法に関する。HIC浄化法においては所望されるプロテインとそれに関連する不純物を含む緩衝材の塩溶液をHICのコラムに注ぐ、これを「ローディングステップ」と呼ぶ。緩衝材の塩によってプロテインの疎水性の部分がコラムのメートリックスに付着するので、緩衝材の塩溶液と共に不純物を洗い流す。その後、弱塩性の緩衝液を注ぐことで所望されるプロテインの分子を当該コラムから溶離する。このローディングステップにおいて、多量のプロテインをコラムに配置すると溶離する前にプロテインを失う(Breakthrough)ことになりかねない。707特許はこのBreakthrough(プロテインのロス)を減らすことに主眼を置いている。言い換えると、動的容量(dynamic
capacity)を増加させる(Breakthroughを減らす)ことである。
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707特許ではHICコラムの動的容量を増やすために塩の組合せを発見しその組み合わせをクレームした。
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■ 争点:
出願経過におけるAmgenの主張、「引例にはクレームされた特定の塩の組合せ(particular
combination of salts)を開示していない」は経過書類禁反言を構成するのか。言い換えるとクレームされた塩の組合せ以外に均等論は適用されないのか?
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■ 代表的な707特許のクレーム:
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8,273,707特許クレーム1 |
概要和訳 |
1. A process for purifying a protein
on a hydrophobic interaction chromatography column such that the dynamic
capacity of the column is increased for the protein comprising
mixing a preparation containing the protein with a combination of a
first salt and a second salt,
loading the mixture onto a hydrophobic inter-action chromatography
column, and eluting the protein,
wherein the first and second salts are selected from the group
consisting of citrate and sulfate, citrate and acetate, and sulfate and
acetate, respectively, and
wherein the concentration of each of the first salt and the second
salt in the mixture is between about 0.1 M and about
1.0. |
HICコラム上でプロテインを動的容量を増大する浄化手法であって、以下のステップを含む: 第1塩と第2塩の組合せを含むプロテインを混ぜるステップ; 混合物をHICコラムにローディングするステップ; 前記第1塩と前記第2塩は、クエン酸と硫黄塩; クエン酸とアセテート;及び、硫黄塩とアセテートとの組み合わせであり、 前記混合物内の前記第1塩と第2塩のそれぞれの濃度は0.1M〜1.0である。 |
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707特許の審査過程において、審査官はHoltz引例には幾つかの塩が開示されており、同開示を基に当業者であれば最適化し707特許のクレームに到達できるとしクレームを103条拒絶した。2011年1月26日、Amgenは103条拒絶されたクレームは塩の「特定の組合せ(particular
combination)」を規定しており引用された引例には開示或いは示唆されていないと反論した。さらに、AmgenはHoltz引例にはHICコラムで動的容量を増やすことを開示していないと主張した。さらには、発明者の宣言書で同反論を補強した。
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2011年4月7日、Amgenの反論に拘らず審査官は103条拒絶を維持した。引例には707特許クレームで規定された塩を個々には開示していると述べた。2011年8月22日、AmgenはHoltzには、塩の組合せ(クレームされた「特定の塩の組合せ」とは言っていない)、および、動的容量を増大することを開示していないこと、さらに、クレームの塩の組合せに到達するのは当業者によって決して容易ではなく過度の努力を伴うと反論した。その後、審査官はクレームを許可した。
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2017年5月10日、Coherusは707特許で規定する塩の組合せズバリを実施していなかったのでAmgenはCoherusの浄化手法は707特許のクレームを均等侵害しているとして訴訟を起こした。
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■ 地裁判決:
地裁の司法官(地裁判事を補助する者)は訴訟の却下の申し立てを受理することを判事に書面(レポート)で助言した。当該書面(レポート)で司法官は以下のように述べた。Amgenは出願審査経過においてクレームした特定の塩の組合せが引例に開示されていないと明白に主張したので、この主張によって出願審査による禁反言を構成する。依って、Amgenはクレームした塩の組合せ以外の塩の組合せを707特許の権利範囲から放棄したことになる。放棄した権利範囲を再度取り戻すことはできない。 地裁判事は司法官の書面による助言を認めCoherusの却下の申し立てを受理した。地裁は司法官の助言に加えて、J&J判決*1の法理「明細書に開示されたがクレームされていない塩の組合せは公共に寄与したもの(dedication
disclosure doctrine)」によりCoherusの塩の組合せは公共に寄与されたものであると判示した。*1:
Johnson & Johnston Assoc. v. R.E. Serv. (Fed Cir. end banc:2002)
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■ CAFC判決:
地裁判決を支持。その理由は:
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Amgenは審査経過においてクレームされた特定の塩の組合せ以外を権利範囲から放棄したことは明白である。
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出願審査経過の禁反言は出願審査の段階で権利者が放棄した主題を特許権者が均等論の基に取り戻すことを阻止する。出願審査経過による禁反言は、クレームの減縮補正(amendment-base
estoppel)、或いは、出願人の主張(argument-base
estoppel)によって生じる。出願人の主張によって生じる禁反言は、出願経過書類によって発明主題を放棄したことが明白(clear)且つ間違いない(unmistakable)ものでなければならない。
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出願経過において出願人が特許を取得するために主張した内容は、それが権利化するために本当に必要であったか否かに拘らず、禁反言を構成することになりうる。禁反言を構成するか否かの判断は競合者が出願人の主張内容が問題となる発明主題を放棄するものであると合理的に理解するものかどうかで判断する。
“[C]lear assertions made during prosecution in
support of patentability, whether or not actually required to secure allowance
of the claim, may also create an estoppel . . . [t]he relevant inquiry is
whether a competitor would reasonably believe that the applicant had surrendered
the relevant subject matter.”
PODS, Inc. v. Porta Stor, Inc., 484 F.3d 1359, 1367 (Fed. Cir. 2007)
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本事案においてAmgenは出願審査中においてHoltz引例との差異を主張するためにクレームされた「特定の塩の組合せ」であることを応答書2ページの中で3度主張した。さらにAmgen側の宣言書においても「特定の塩の組合せ」が動的容量を増加することを述べた。
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AmgenはHoltz引例との差異を主張するにあたり、クレームされた「特定の塩の組合せ」を開示していないと述べたのではなく「塩を組み合わせる」こと、および、動的容量を増大することが開示されていないと述べたまでだと主張した。Holtz引例にはクレームされた特定の塩の組合せが開示されていないというのは単にHoltz引例の開示に対する事実をコメントしたのみだと述べた。CAFCはAmgenの主張を容認できないとした。Amgenは2011年1月6日の応答書でHoltz引例にクレームされた特定の塩の組合せが開示されていないと明白に述べている。
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Amgenはさらに、2011年8月22日の応答書での主張(権利化の直前の出願人の主張)においては「特定の塩の組合せ」がHoltz引例に開示されていないとは述べていないので「特定の塩の組合せ」は禁反言を構成しないと主張している。 しかし、Amgenの主張する禁反言の認定(権利化の直前に述べた出願人の主張のみが禁反言を構成する)はCAFCの判例で支持されるものではない。Amgenは2011年8月22日の応答書では特定の塩の組合せに関して述べていないが、Amgenの2011年1月26日の主張を撤回したことにはならない。
There is no requirement that argument-based estoppel apply
only to arguments made in the most recent submission before allowance.
“[C]lear assertions made during prosecution in support of patentability,
whether or not actually required to secure allowance of the claim, may also
create an estoppel[.]” PODS, 484 F.3d at 1368 (quoting Southwall
Techs., 54 F.3d at 1583). We see
nothing in Amgen’s final submission that disavows the clear and unmistakable
sur-render of unclaimed salt combinations made in Amgen’s January 6, 2011
response.
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上記のようにAmgenの主張は出願経過の禁反言を構成すると判断するので、J&J判決の法理「明細書に開示されたがクレームされていない塩の組合せは公共に寄与したもの(dedication
disclosure doctrine)」による審理はしない。
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(5) LINKS |