Therasense v. Becton

 

CAFCからの差戻審における判決

北部カリフォルニア地区連邦地裁(判決

2012327

 

 

CAFC大法廷(2011年)による不公正行為認定の新判断基準に基づき地裁で再審理が行われた。 新判断基準に鑑みて、地裁は、Therasense(Abbott)の代理人および研究者の行為は不公正行為であると判断し、問題となるTherasenseの特許(US5,820,551)を権利行使不能と判断した。

Summarized by Tatsuo YABE

April 11, 2012

   

 

 

筆者コメント:

 

2011CAFC大法廷判決において不公正行為の認定基準が厳しくなった。 即ち、不公正行為を証明するには、被疑侵害者は、@ 特許庁(PTO)に伝えられなかった情報の重要性(もし開示されていたならPTOがクレームを許可しなかったであろうというBUT-FORテストを満たす)の要件と、A PTOを欺く意図の要件を、個別に「明白且つ説得性のある挙証基準」で証明しなければならない。 しかし、この高い立証基準の下でも、今回の地裁判決(差戻し)において出願人Abbott社の不公正行為が認定された。 

 

然るに不公正行為の認定基準が高くなったとはいえ、不公正行為のDefenseが訴訟において活用できなくなったわけではないということを認識することが一つは重要であると考えます。 さらに、今回の事件の特異性(対応欧州出願で述べたことが米国特許庁に対して述べたこととの矛盾)に鑑み、対応諸外国(米国以外)における出願審査中に意見書で述べる内容と基本的に整合性があるか、或いは、対応諸外国(米国以外)で同一の非英語先行技術文献(例えば日本語の特許公報)に対してより詳細な特許性議論がなされていないかなどをチェックする必要があると考えます。 

 

特に米国特許庁からの拒絶理由で日本の特許公報が引用されるような場合であって、審査官の指摘する箇所以外により関連性のある開示があり、対応基礎出願(日本出願)において同一公報のより関連性のある箇所に基づき特許性の議論が既に行われている場合などは特に要注意であると考えます。 このような場合には米国特許庁審査官が指摘できなかったより関連性のある箇所を審査官に伝えるか、或いは、より関連性のある箇所を考慮にいれ、クレームをより減縮補正することが重要であると思料します。 

 

米国出願審査中に基礎出願での対応を考慮に入れずに日本出願より米国出願で広い権利が成立してしまったというような場合(同一日本語公報が引用されたが米国では関連性の低い部分のみ指摘されたというような場合)には2012916日からは補助審査の手続きで出願中の瑕疵を治癒できるというものの、その費用は米国弁護士費用と合算すると最低でも400万円程度かかるので、米国特許出願審査中に対応諸外国出願での対応(意見書の内容など)との整合性に妥当な注意を支払うことが重要であろう。 

 

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経緯:

 

2008年カリフォルニア北部地区連邦地裁はAbbott社の米国551特許(US5820551号)の特許出願中に対米国特許庁に宣誓書で述べた内容に鑑み、不正に米国特許を取得したという理由で権利行使不能と判断した。 

 

米国551特許は1984年に出願されて、13年間にもわたり出願審査を係属しており、最後に問題となった先行技術はAbbott社自身のUS4545382であった。 当該382特許において、争点となった被膜(電極を保護するための皮膜)に関して、皮膜があることが望ましいが、オプションである(“optionally, but preferably”と記載されており、US551特許を権利化するうえでは当該382特許においては同被膜がオプションではなく、必要不可欠なものであると主張することで382特許(引例)との差異を審査官に説得できるという状況にあった。 Abbott社の米国特許代理人Pope氏と研究者であるSanghera博士は当該382特許の明細書では確かに被膜を付けることが好ましいと記載しているが、これは特許の明細書における特有のフレーズであって、382特許の発明においては実際には電極周辺の被膜は不可欠なものであると宣誓書で述べた。 審査官は当該宣誓書の内容を受け入れ、13年に及び審査に終止符をうつべく米国551特許 を許可した。

 

Abbott社は551特許の発行後、速やかに同特許に基づき権利行使を開始した。 尚、米国382特許は対応の欧州出願(欧州特許078636号)があり、Abbott社は欧州特許出願の審査段階で、ドイツの引例と識別するために“optionally, but preferably”という表現の意味合いは、記載されている通りで、保護被膜はあくまでオプションであって、必須の要件ではないと意見書(欧州での意見書と称する)で述べた。

 

2010CAFCは、21で米国551特許出願段階での不公正行為(地裁判決)を支持した。 CAFC判決を不服とするAbbottの請求が認められ、CAFC大法廷で審理され、2011年にCAFCは6−4−1で不公正行為認定に対する新たな判断基準を判示した。 同新判断基準と共に以下を説示した(大法廷判決。 

 

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即ち、

 

(1) 「意図」と「重要性」とは個別の要件であり、それぞれ個別に証明されなければならない (Hoffmann-La Roche v. Promega Corp CAFC 2003)。 

 

即ち、意図の証明レベルが低くとも重要性の証明レベルの高さで補うという「スライディングスケール(Sliding scale)」と称される証明手法は間違いである。 重要性の要件から意図の要件が推論されてはならない。 出願人が引用文献を周知であり、かつ、その情報の重要性を認識している状況にあり、そのうえで、当該情報を開示しなかったという事実を証明されたとしても、PTOを騙す特定の意図が立証されたことにはならない。

 

(2) 意図を証明するためには、被疑侵害者は特許権者がPTOを騙す「特定の意図」を証明しなければならない。 

 

Kingsdown判例に基づき、PTOに対し重過失なる誤報、あるいは、知らせなかったという事実に基づき意図の要件が満たされるわけではない。 出願人が重要な情報を意図的に開示しないという決断をしたという事実を明白且つ説得性のある証拠でもって証明しなければならない。  即ち、出願人が引用文献を周知であり、その文献の関連性が重要であることを認識しており、当該情報を開示しないという決定を意図的になしたということを明白かつ説得性のある証拠で証明しなければならない。

 

(3) 騙す意図を立証するための直接証拠が見つかるというのは稀であり、当該意図を間接証拠及び状況証拠によって証明しても良い。

 

明白且つ説得性という立証基準で証明するためには、特定の意図は、証拠から導き出される最も合理的な唯一の推論でなければならない。 依って、証拠から複数の合理的な推論が導き出される場合には、特定の意図の証明には不十分である。

 

(4) 不公正行為を主張する側が立証責任を負うので、立証責任を負う側が特定の意図を明白且つ説得性のある立証基準で証明できない場合には、特許権者の側が善意(誠実さ)を証明する証拠を提示する必要はない。

 

(5) 不公正行為を立証するための「重要性」の要件を満たすには、BUT-FORテストを満たす重要性である。 BUT-FORテストとは、出願人が当該情報を提出していればPTOがクレームを許可していなかったであろうというレベルの重要性である。

 

然るに、下級審でPTOに提出されなかった情報の「重要性」を判断する場合に、審査段階において当該情報が提出されていたらPTOがクレームを許可したであろうかということを判断しなければならない。 当該判断をするときの証明レベルは証拠の優越性の基準であり、クレームに対して合理的で最大限の権利解釈(意味合い)を与えなければならない。

 

裁判所においてPTOに知らされなかった情報(参照文献)によってクレームが無効と判断された場合には、当該情報は重要性の要件を満たすと理解される。 何故なら、裁判所においてクレームを無効にするときの立証基準は、証拠の優越性よりも高い、明白且つ説得性の立証基準で審理するからである。 故に、当該情報によって裁判所でクレームが無効と判断されない場合であっても当該情報は不公正行為を立証するための重要性の要件を満たす可能性はある。 

 

(6) 重要性の要件は基本的には上記の「BUT-FORテスト」で証明されなければならないが、その例外として甚だしい不誠実な行為が積極的になされた場合がある。 その一例としては、意図的に偽りの内容を伴う宣誓書の提出などの行為であり、このような行為は重要性の要件を満たすと判断される。

 

(7) 米国特許施行規則1.56条に基づく重要性の基準は不公正行為の重要性を立証する基準としては適用しない。

 

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上記判示を基に、CAFCは以下の点に対して再審理するように地裁に差戻した。

 

              第1点: 地裁は、@ Sanghera博士およびPope代理人が欧州での意見書の内容を周知していたこと、A その情報(欧州での意見書)の重要性を周知していたこと、さらに、B にも拘らず当該情報を米国特許庁に対して意図的に隠蔽したということを明白且つ説得性のある挙証基準で証明できるかを審理すること;

 

              第2点: 地裁は、当該情報(欧州での意見書)が米国特許庁に提出されていたとしたならば551特許出願が許可されていなかったか否かを再審理しなければならない。 特に、欧州での意見書を提出によって、(382特許(先行技術)に対し進歩性を主張するために551特許出願中に提出された)Sanghera博士の宣誓書での供述内容が意味をなさなくなっていたであろうかということを審理しなければならない。

 

上記の点に対して再審理する上で、地裁は、以下の1)〜3)の項目に分けて審理した:

 

1)EPOでの意見書は「BUT-FORテスト」の下に重要と言えるか?

米国特許庁に提出されなかった「欧州での意見書」の重要性は「BUT FOR重要性」のレベルか?

 

もしも「欧州での意見書」が米国特許庁にIDSされていたら米国特許’551号は許可されていな

かったであろうか? 当該欧州での意見書において、Abbott社は欧州特許出願(米国’382特許対応欧州出願「欧州636特許」)の審査経緯においてドイツの引例と識別するために“optionally, but preferably”という表現の意味合いは、保護被膜はあくまでオプションであって、必須の要件ではないと意見書(欧州での意見書)で述べた。

 

    出願人(Abbott社)の主張の矛盾点

 

欧州636特許出願時の主張

(米国382特許と同じ内容)

D1引例と識別するために、EP636特許(米国382特許)では保護皮膜の使用は望ましいが、必須(MUST)ではないと述べた。 「欧州での意見書

米国551特許出願時の主張

    自己の米国382特許(欧州636特許)が先行技術となった。

 米国382特許(欧州636特許)と識別するために米国382特許(欧州636特許)では保護皮膜の使用はMUSTであると述べた。

 

米国特許551号は1984年に出願され、13年にも及ぶ長期に渡り審査が係属しており、Abbott社自らの米国382特許(欧州636特許)が最終的な先行技術(障害)となった。 同先行技術との差異を主張するために、同先行技術に開示されている電極周りの保護被膜が“optionally, but preferably”という意味合いが、特許明細書特有のフレーズであり、実際には米国382特許(欧州636特許)の発明では保護被膜は必須であると主張した。 審査官は長年に渡る審査に終止符を打つべく、専門家による宣誓書で上記主張(米国382特許では保護皮膜は不可欠である)を陳述することで米国551特許と382特許(欧州636特許)との差異を認めると述べ、Abbottはそれに従い専門家(Abbott社の研究者、Sanghera博士)による宣言書を提出し、551特許が許可された。

 

このように、米国特許庁に対してSanghera博士による宣言書で米国382特許の”optionally, but preferably”の解釈に関して述べた内容と、EPOに対して欧州636特許(米国382特許の対応欧州特許)の”optionally, but preferably”の解釈に関して述べた内容(欧州での意見書の内容)は真っ向から対立する。 且つ、欧州での意見書の内容(”optionally, but preferably”はその文言のとおりで保護被膜を設けるのは望ましいが必須ではない)が米国特許庁に知らされていれば551特許が権利化されていなかったことは明らかである。

 

2)BUTFOR重要性を周知していたか?

明白、且つ、説得性のある証拠基準で、出願人は上記「欧州での意見書」周知しており、同情報の重要性を周知していながら当該情報を意識的に開示しないと決断したということを立証できるか?

 

Sanghera博士とAbbott社の代理人が欧州での意見書の内容を周知していたことは明らかである。 さらに、Sanghera博士の宣言書(米国特許庁に提出)の内容と、欧州での意見書で述べた内容との明白な矛盾に鑑み、Abbott社の米国代理人Pope氏とSanghera博士は欧州での意見書の内容が米国特許庁の審査官に知られると米国551特許を得られなかったであろうことを知っていたと判断される。

 

3) 米国特許庁を欺く特定の意図

出願人は上記「欧州での意見書」を周知しており、同情報が重要である(「BUT FOR重要性」)ことを認識していた。 にも拘らず、出願人は当該情報を米国特許庁に知らせないという意図的な決断をしたか?

 

CAFCの判示にあるように特許庁を欺く意図を直接証拠で証明できるというのは稀である。 依って、欺く意図を立証するには、多くの場合には状況証拠に委ねなければならないだろう。 その場合には、欺く意図の存在ということが状況証拠から導き出せる唯一妥当(合理的)な推論でなければならない。 然るに状況証拠から合理的に導き出せる推論が2つ以上ある場合には、欺く意図が立証されたとはいえない。 Sanghera博士とAbbott社の代理人は欧州での意見書の内容が米国特許庁に提出した宣言書の内容を否定するものであることを周知していたが551特許の成立のみを意図し、同情報を米国特許庁に提出しなかったのである。 事実551特許が成立したその日にLifescan社に権利行使を開始した。 本事件で収集された証拠を全体的に判断すると「特許庁を欺く意図」が存在したということが唯一合理的な推論であると判断される。

 

結論:

 

Abbott社の代理人Pope氏と研究者であるSanghera博士は551特許の出願審査中に不公正行為を行ったと判断する。 依って、US5820551特許は権利行使不能である。