USPTO新長官(Squires氏)の就任後2か月の歩み

2025年9月に就任したSquires氏は就任直後から数々の挑戦を余儀なくされている。プラスの動きとしては101条審査に関してAlice最高裁以前の基準に戻すように審決を出した(法的拘束力はないがUSPTO内では有効)。AIによるサーチと新規早期審査という2つのパイロット・プログラムを開始した。米国特許に対する信頼性の回復(PTABにおける高い無効化率により信頼性を失った)という重要課題に関しては、かなりドラスティックな対応がとられているが・・・・いまのところ先が見えない。
2025-11-24 by Tatsuo YABE
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2025年9月23日、60人目のUSPTO長官に就任したJohn Squires氏は就任直後から数々の挑戦を余儀なくされている。顕著なプラスの動きとしては101条審査に関してAlice最高裁以前の基準に戻すように審決を出した(法的拘束力はないがUSPTO内では有効)。AIによるサーチと新規早期審査という2つのパイロット・プログラムを開始した。米国特許に対する信頼性の回復(PTABにおける高い無効化率により信頼性を失った)という重要課題に関しては、IPR請求に対する制限を課すという規則の改定案を提示するとともに、就任後34件のIPR請求を理由なく開始しないという異常な対応が現在取られている。特に、IPR請求に対して理由なく開始を拒否するというのは長官の権限を逸脱するので何らかの是正措置を講じることになるだろう。
[1] Ex Parte Guillaume Desjardins
et al. (2025年9月26日)
上訴審判パネル(ARP: Appeals Review Panel)による審決:この審決によりPTO審査での101条拒絶は減るだろう!
本件では、そもそもクレームは審査において自明であるとし拒絶されたが、2025年3月、審判部において新たに101条拒絶された。新長官Squires氏(+2名:ARP)によるレビュで同審決の101条の拒絶が破棄された。
ARPは、当該発明が「第1の学習タスクで得た知識を保持しながら、第2のタスクを学習する」という継続学習(continual learning)に技術的改善をもたらすものであり、単なる数学的アルゴリズムにとどまらず、機械学習モデル自体の機能的向上を実現する「技術的改良」に該当すると判断した。さらにARPは、「102条、103条および112条こそが特許保護の範囲を適正に決めるための伝統的かつ適切な手段であり、審査の焦点はこれらの条項に置くべきである」と指摘し、AI技術分野における101条の過度な適用を戒める方針を明確に示した。
このARP審決は司法判断ではないが、USPTO内部の最終的判断として、今後のAI関連発明に対する審査官および審判官の101条判断に強い影響を及ぼす指針的決定と位置づけられるだろう。
[2] Squires氏によるIPRに対する規則改定案(2025年10月17日発表)
Squires長官による、IPR手続き規則に対する改定案であり、その内容(以下)はPTOの権限を越えており修正無しには成立しないだろう。すなわち、
(1) IPR請求時に、対象となる特許(Claimではない)に対して他のフォーラム(地裁、または、ITC)で新規性・進歩性を再度争わないということの合意が必要;(⇒ より関連性のある先行技術が見つかった場合は?? 連邦地裁で訴訟をする権利を制約する権限がPTOにあるのか?)
(2) 他のフォーラムで新規性・進歩性に基づき有効性が認められた特許に対してIPRを請求できない;(⇒ 同じ先行技術であっても挙証基準の低いIPRで無効になるかもしれない”In re Baxter (Fed. Cir. 2013)”、 また、より関連性のある先行技術が見つかった場合は??)
(3) IPRの対象となる特許に対する並行する他のフォーラムでの判決、あるいは、決定がでるであろうという場合にはIPRを実施しない。
本IPR規則改定案はIPRの件数を減らすことにしか繋がらない。しかも、IPR請求人に、IPR請求時に対象となる特許の有効性を他のフォーラムで争わないことに合意させるというのはUSPTOの権限(米国特許法 2条(b)(2)(A))を逸脱する。パブコメの期限は12月2日に延期されたが、すでに数多くの反対意見が提出されており、大幅な改訂無しには規則は成立しないだろう。仮に、USPTOが改訂無しで規則を成立させたとした場合には行政訴訟となり地裁判決で差し止めとなるだろう。
[3] AI Prior Art Search パイロット・プログラム(2025年10月20日開始)
出願審査の前にAI調査ツールを活用し引例をサーチし出願人に情報提供し出願人に予備補正の機会を与え実体審査を効率化する(効率化できるかどうかを検討する)。
(a) 対象となる特許出願 新規米国特許出願のみ (継続、分割、PCT国内移行除く)
(b) パイロット・プログラム申請要件:
PTO/SB/470フォームに記入 [規則1.182];
PTO費用(Large Entity 450ドル;Small Entity 180ドル);[規則1.17(f)]
申請が認められると出願人にその旨通知され、後にASRN (Automated Search Results Notice)が発行され、関連度合いの順に最大10件の引例をリストアップ。
(c) ASRN受領後
出願人は① クレームを予備補正(自発補正)、② 出願を意図的に放棄(調査費用、クレーム超過費用など返納)、③ 審査開始の遅延を申請するという選択肢で対応可能。「ただし、②の場合に審査費用の返納とは記載されていない」
(d) パイロット・プログラム受付期間
2025年10月20日~2026年4月20日(但し裁量の基に事前に中止もある)
[4] 早期審査パイロット・プログラム(2025年10月27日開始)
Squires氏による新たなパイロット・プログラム(P・P)で、コンパクトな出願(独立クレーム1項のみ、合計10項まで)に対する早期審査を試験的に実施し、現時点での審査のバックログを減らすことと、将来的にはこのP・Pを新規出願に取り入れる価値があるかを検討する。但し、上記したように本P・Pが適用されるのは既出願である。
(a) パイロット・プログラム(P・P)受付開始日:
2025年10月27日(~1年、但し裁量の基に事前に中止もある)
(b) 本P・Pが適用される米国出願?
2025年10月27日以前に既に出願された米国特許出願(継続、再発行、PCTからの国内移行を除く)。2025年10月27日以降の米国出願は対象外! 即ち、現在出願審査Pendingで第1回目のOAを待つ状態の米国出願。
(c) 本P・Pに参加するには? 以下を満たす必要がある:
(i) PTO/SB/472のフォームを使用;
(ii) 費用:規則1.17(h)の費用(Largeは150ドル: Smallは60ドル)
(iii) クレーム数の制限(独立クレーム1項のみ、合計10項まで、多数項従属クレームはNG)
(iv) 既出願なので、クレーム数の制限を満たすように予備補正が必要、この予備補正は本P・Pに参加申請時に必要(後で予備補正を提出できない)
(d) 本P・Pによって出願審査はどのようなメリットがあるか?
特別扱い(Special Status)は第1回目のOA発行まで(それ以降は通常出願としての扱い)
一見すると、本P・Pは殆ど活用のメリットがなさそうだが、将来的に見ればコンパクト出願(独立1,合計10以下)に対する恒久的な早期審査となるかもしれない。
[5] USPTO (新長官)によるメモランダム(2025年10月28日)
Squires長官は、Corning Optical(2015) を先例(precedential)として再指定し、IPR / PGR / Petition では、すべての
Real Party in Interest(RPI、真の利害関係人)をIPR開始前に完全開示しなければならないという PTO の「元の運用」に戻すと発表した。
● RPI の開示は法律上の明確な要件:
AIA §312(a)(2) は、「IPR の Petition は RPI をすべて特定しなければならない」と規定。
● 外国政府系の隠れた支援による IPR 乱用のリスク:
中国などの外国政府が、複雑な投資スキームを通じて米国の IP システムを操作しようとしていると指摘。 DJI・Huawei・Yangtze Memory・SMIC・ByteDance/TikTok など「商務省エンティティリスト」掲載企業が、多数の IPR を提起している。背後の出資者が不透明だと、国家安全保障上の重大な脅威となる。
● RPI 開示は単なる手続きではなく “国家安全保障” のため非常に重要:
誰が IPR を操っているのか、資金源はどこか、外国政府の関与はあるのか――この透明性が不可欠。
USPTO(PTAB) は自身で外国政府系資本を調査する権限を持っていない。しかし、疑わしい場合には他の行政機関(OFAC・BIS・DOJ など)の支援によりRPIを確認する。
[6] Squires氏の裁量権によるIPR審理開始を否定(理由一切述べず)
Squires氏は就任前の上院による公聴会でIPRによる権利無効化率が異常に高く米国特許の信頼性が揺らいでいるという点を指摘され、その対応策(信頼性の回復)を具体的に示せなかった。しかし現時点でSquires氏の対応はIPR請求を受理しないということだ。この理不尽な対応に真のIPR請求人は困惑している。今後Squires氏はIPR請求にどのように対応していくのか? この状態が続けば、寧ろ、この時点においても、Squires氏に対する行政訴訟が準備されているだろう。
2025年10月31日には13件のIPR審理開始を否定

2025年11月6日には21件のIPR審理開始を否定

今後の展望:
Squires氏が、今後もIPR請求に対して理由なく審理開始を拒否し続けることはできないだろう。まず、上記34件の審理拒否(理由なしの開始拒否)に対してIPR請求人はどのように対応するのか?さらに、Squires氏の今後のIPR請求に対する今後の対応は?そもそもAIAで訴訟の代替手段として設計されたIPR手続きが結果的に失敗だったのか?
● 35 U.S.C. §314(a) は “Director may not authorize an IPR unless …” と規定、開始権限は長官にあるが、恣意的な一律開始拒否を許容しているわけではない。
● PTAB は本来 準司法的な専門審理機関であり、理由なしの請求不受理は 行政手続き法に反する;
● IPR 請求人には、AIA に基づき特許の有効性を行政的に争う手続的機会が付与されている。その機会が、理由の提示なく長官の判断によって一律に封じられているとすれば、それは単なる裁量の問題を超え、合衆国憲法修正第5条のデュー・プロセス保障との関係で重大な疑義を生じさせる。
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John Squires氏がUSPTOの長官(60人目の長官)に就任
2025年9月23日、John Squires氏がUSPTOの長官(60人目)に就任。本年3月にトランプ大統領に指名され(商務長官ラトニック氏の推薦による)、その後上院司法委員会で承認を勧告し、9月18日の上院本会議では51-47の僅差で承認。
大学時代の専攻は化学、弁護士となった後は化学、バイオの技術分野の知財を経験し、その後はGoldman Sacksの知財責任者として主にFINTECH(Financial Technology)の分野を経験し、2017 年以降はDilworth Paxson LLPでIP と新興企業(Emerging Companies)実務部門のチェアを務めた。
就任直後に、米国特許に対する信頼性の回復(PTABにおける高い無効化率により信頼性を失った)、101条判断基準を明確化(最高裁の関与により不明確となった)、審査のバックログ(トランプ2次政権となり新規雇用を一時停止、離職率増加による)等の喫緊の課題に取り組んでいる。
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