MSN Pharma v. Novartis Pharma
2025822
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もし「後発技術」を侵害と判断する場合には当該クレームの有効性も同じクレーム解釈を適用するのか?
Petition for A Writ of Certiorari (最高裁へ裁量上告

Summarized by Tatsuo YABE  2025-10-20

本件は、侵害判断と112条の記載要件に照らして有効性を判断する際のクレームの権利範囲の解釈は異なるのか、それとも同じなのかが争点となった。「後発技術(問題となる特許の有効出願日には予想できなかった発明)」であってもクレームの文言の権利範囲に含まれることはある。しかし、この場合に当該クレームは112条の記載要件あるいは実施可能要件に鑑み有効性を維持できるかが問題となる。CAFCも最高裁もこの点に関して真正面から判断をくだしていない。

そもそも何故上記が問題になるのかというと、2010年のAriad大法廷判決クレームの権利範囲全体に渡って発明者が実際に発明をしていたということを当業者が合理的に理解できるように明細書が記述されていなければならないと判示された。さらに、2023年のAmgen最高裁判決において、クレーム権利範囲全体に渡って当業者が不当に多大な実験をすることなく発明を実施できるように明細書が記述されていなければならないと判示された。すなわち、クレームの権利範囲に後発技術を含むと解釈すると、その後発技術が当業者に理解できるように、かつ、実施できるように明細書の記述があるのかが問題となる。

事実、本件の下級審(CAFC)においては侵害判断においては後発技術を含むと解釈し被告の後発技術を侵害と判断し、112条の記述要件に関しては出願時の技術レベルで判断し、クレームの有効性が維持された。しかし、2019年のCAFCの判決(Idenix v. Gilead: Fed. Cir. 2019)ではクレームが後発技術(after-arising technology)を包含するなら、その範囲全体について記載・実施可能でなければならないと判示している。このように、CAFCにおいてスプリット判決の状態というのが現状である。

最高裁が上告を受理する確率は1%に満たないが、本件に関しては是非受理し矛盾したCAFC判決を正してほしいところです。(因み本件はCAFC大法廷での審理が却下されたので唯一は最高裁となった)

◇ さらなる考察:
なお、地裁(CAFC)で、クレームが「後発技術」を含むと広く解釈された場合に、実施可能要件違反(及び記述要件違反)でクレームが無効と判断されたとしても、その無効判決の効力は原則として当事者間にのみ適用されるので、権利者は後発技術ではない他者に対して権利行使は可能である(即ち、「対世効」はない)。 しかし、USPTO審判部のPGR101条、112条、102条、103条全てが無効理由となる)において112条の基に無効と判断された場合には問題となるクレームは消滅するという点がある。(以上筆者)

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■ 特許権者:Novartis Pharmaceuticals
■ 被疑侵害者:MSN Pharmaceuticals
■ 関連特許:USP 8,101,659  (以下659特許)

出願日:2002年1月17日、及び、同年67日の仮出願より本出願、その後、20086月に分割出願
特許日:2012年1月24
■ 特許発明の概要:
659特許ではバルサルタンとサクビトリルの組合せ(combination)が規定され心臓と血管の健康を増進するための薬に関する。
■ 代表的なクレーム:

US Patent No. 8,101,659

659特許クレーム1

1. A pharmaceutical composition comprising:

(i) the AT 1-antagonist valsartan or a pharmaceutically acceptable salt thereof;

(ii) the NEP inhibitor [sacubitril] or [sacubitrilat]2 or a pharmaceutically acceptable salt thereof; and

(iii) a pharmaceutically acceptable carrier; wherein said (i) AT 1-antagonist valsartan or pharmaceutically acceptable salt thereof and said (ii) NEP inhibitor [sacubitril] or [sacubitrilat] or a pharmaceutically acceptable salt thereof, are administered in combination in about a 1:1 ratio.

1.    以下を含む医薬組成物:
(i) AT1
拮抗薬バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩;
(ii) NEP
阻害薬[サクビトリル]または[サクビトリラト]またはその薬学的に許容される塩;および
(iii) 
薬学的に許容される担体;
ここで、前記(i) AT1拮抗薬バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩と、前記(ii) NEP阻害薬[サクビトリル]または[サクビトリラト]またはその薬学的に許容される塩は、約1:1の比率で組み合わせて投与される。

 

■ 事件の背景:
659特許は、バルサルタンとサクビトリルの組合せ(combination[1])により、心臓と血管の健康を増進するための薬に関する。権利者Novartisは、659特許の有効出願日の4年後に、バルサルタンとサクビトリルの複合体(complex[2])を開発した。バルサルタンとサクビトリルの複合体は、2つの分子が弱い力で結びついた状態なので、この複合体は、体内で別々に作用し、心臓と血管の健康を総合的にサポートする。バルサルタンが血管を広げ、サクビトリルが有益なペプチドを増やすことで、より効果的に心臓病や高血圧を治療できる。この複合体は659特許の明細書には開示されておらず、全くの「後発技術」である。Novartisはこの複合体をEntresto®の商品名で販売していた。

(ここで言う「後発技術(after-arising technology)」とは問題となる特許の有効出願日において自明なものではなく科学的に存在しなかった技術を意味する)

複数の企業がEntresto®のジェネリックを販売するための承認を求めANDA申請をした。MSNもそのうちの企業である。Novartis659特許でもってMSN相手に侵害裁判を提起した。MSNは自身のジェネリックが659特許のクレーム1の権利範囲に属することを否定しないかわりに、659特許の明細書にはバルサルタンとサクビトリルの複合体(complex)が開示されていないという理由で659特許は112条の「記述要件[3]」と「実施可能要件[4]」を満たさないので無効であると主張した。すなわち、後発技術を含む広範なクレームは112条の要件を満たさないという趣旨である。

■ 地裁の判断
地裁では659特許の明細書にはバルサルタンとサクビトリルの複合体(complex)が開示されていない(有効出願日の4年後に開発された技術なので659特許明細書に開示することは勿論不可能)という理由で112条の「記述要件」違反であると判断した。

■ CAFCの判断:
659特許にバルサルタン-サクビトリル複合体が開示されていないという事実は659特許の有効性に影響を与えない。問題は特許が複合化されたバルサルタンとサクビトリルの形態を適切に記述しているかどうかではない。むしろ、重要なのは特許(明細書)がクレームされているもの、つまりバルサルタンとサクビトリルの組み合わせ、を適切に記述しているかどうかである。CAFCは地裁判決を破棄し、659特許は112条の「記述要件」を満たすと判断した。

■ 最高裁への裁量上告MSNによる意見書の概要):
CAFC判決を不服としMSNCAFC大法廷での審理を請求したが却下された。残すは最高裁への裁量上告ということで現在に至った。つまり、MSNの主張は、

すなわち、本件CAFCはクレームの有効性の判断に際してはクレームを限定的に解釈したが、侵害判断に際してはクレームの広い意味合いを維持したままだった。

MSNによると、クレーム権利範囲は侵害判断と有効性判断において同じでなければならない。現在CAFCの「後発技術」の侵害の判断と特許クレームの有効性(112条の記述要件に照らした有効性)の判断に関して二分(sprit decision)している。

CAFCの二重法理構造

呼称

代表判決

法理の要点

帰結

Idenix 基準

Idenix v. Gilead (Fed. Cir. 2019)

クレームが後発技術(after-arising technology)を包含するなら、その範囲全体について記載・実施可能でなければならない。
明細書が出願時に後発技術を記述、実施可能なレベルに説明していなければ §112(a)違反。

特許 無効 側(被告有利)

Hogan / Entresto基準

In re Hogan (CCPA 1977), In re Entresto (Fed. Cir. 2025)

後発技術は出願時に存在しなかったものであり、それを理由に特許を遡及的に無効とすべきでない。
明細書が当時の技術水準をenableしていれば十分。

特許 有効 側(権利者有利)

両者は「どの時点の技術レベルを基準に§112を評価するか」という時間軸で完全に対立している。

今回最高裁が上告を受理しなければ、今後の侵害裁判で被告(被告製品が「後発技術」の場合)はIdenix 基準で特許の有効性(112条)を攻撃することが可能であり、しかしながら、権利者はHogan-Entresto 基準で侵害と有効性を主張できるということになる。故に、地裁及びCAFCでどちらの判例(法理)を基準に判断するのか、混乱が生じる。

A)侵害訴訟(被告側戦略)


B)権利者(原告側戦略)

このように、Entresto基準によると、一方で無効を防ぎながら、他方で侵害範囲を拡張するという「二重基準」運用が実際に起こりうる。

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[1] Combination (物理的混合): valsartan sacubitril を混合した状態

[2] Complex (複合体): valsartan sacubitril が非共有結合で結合した単一構造体

[3] 35 USC 112(a) Written Descrtiption (記述要件)

Ariad v. Eli Lilly 598 F.3d 1336 (Fed. Cir. en banc 2010)

112(a)項の「記述要件」は「実施可能要件」とは識別されうる要件であり、「記述要件」の目的はクレームの権利範囲全域に渡って、発明者が出願時に発明を所有(実際に発明)していたことを当業者が理解できるように明細書に記述することを要求する。

[4] 35 USC 112(a) Enablement実施可能要件

Amgen v. Sanofi 143 S, Ct. 1243 (2023)

112(a)項の「実施可能要件」を満たすには、クレームされた発明の全域に渡って当業者が不当に多大な実験をすることなく発明を実施できるように明細書に記載すること。

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(1) US_Patent Related 

(2) Case Laws 

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