FMC CORP. v. SHARDA USA 仮出願から本出願への移行時に明細書の開示内容を変更する際に、そのような補正は本出願から派生する特許の権利範囲に影響する。 Summarized by Tatsuo YABE – 2025-10-01 |
本件は、仮出願から本出願への移行時に明細書の開示内容を変更する際に、そのような補正が本出願から派生する特許の権利範囲に影響を与えることを判示した。興味深いのは2024年のDDR事件では仮出願の明細書では販売業者に関する記載が「サービス」と「商品」であったが本出願では「サービス」という用語を明細書から削除したがゆえにクレームの「商取引対象(Commerce Object)」は「商品」に限定解釈された。本件では、殺虫剤の組成物に関する発明で、仮出願では「安定した組成物 (stable composition)」に限定する明細書の記載であったが、本出願の明細書では「安定 (stable or stability)」という用語を全て抹消した。本出願から権利化された特許では仮出願の「安定した組成物」に限定されることなく「安定した組成物」と「安定していない組成物」を含むとCAFCでは解釈された。
DDR事件で問題となったクレームにおいて商取引の対象を商品に限定する(サービスを除く)という特徴は規定されていない。本件特許においても「安定した組成物」、「不安定な組成物」の何れかを除く、或いは含むと解釈される特徴はクレームで規定されていない。DDR事件と本件が共通するのは、クレームの構成要素には規定されていないが、仮出願から本出願に至る過程における明細書の補正によってクレーム解釈に影響を及ぼしたという点である。本件特許では本出願明細書の補正によってクレームが拡大解釈されたという真逆の事情が発生した。
さらに、DDR事件と同様に、本件においても本出願に仮出願の内容を参照による組み込み(incorporation by reference)していたという点がある。権利者にとって仮出願の内容を組み込んでいる以上はその開示内容に依拠しクレーム解釈を主張できるのではないかという疑問がわく。しかし、CAFCはこの主張を明確に退けた。この理論(理由)は経過書類禁反言に由来すると言えるのではないだろうか? 極端な仮想例としてD事件では仮出願明細書でC=A+Bを100か所記載しており本出願ではC=A(100か所)に補正する、・・・派生する権利では、当業者であればC=Aと解釈するのが自然であろう。しかし本件の仮出願ではC=安定した物(不安定ではない)と100か所記載しており、本出願ではC=安定した物(100か所)を削除する・・当業者であればC=安定した物も不安定な物も含むと解釈するのが自然ということかだろうか? (以上筆者)
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■ 特許権者:FMC
■ 被疑侵害者:SHARDA USA
■ 関連特許:USP 9,107,416 (以下416特許) & USP 9,596,857 (以下857特許)
共に仮出願(60/752,979)から優先権を主張し成立した特許
■ 特許発明の概要:
本件特許発明は「害虫(特にダニ)を駆除するための薬のレシピ」に関するもので、有効成分は、
① ビフェントリン(殺虫成分の一種)
② シアノピレスロイド(殺虫剤グループの一種)で
それぞれの成分を 決められた割合(10:1から1:30)で混ぜると規定している。
2種類をうまく組み合わせることで、単独で使うよりも強力にダニや虫を退治できるという効果がある。
■ 代表的なクレーム:
416特許 クレーム1 |
概要和訳 |
1. A miticidal composition comprising ① bifenthrin and ② a cyano-pyrethroid selected from the group consisting of deltamethrin, cyfluthrin, alpha-cypermethrin, zeta-cypermethrin, lambda-cyhalothrin, and esfenvalerate, wherein the weight ratio of bifenthrin to cyano-pyrethroid is from 10:1 to 1:30. |
ダニ駆除用組成物であって、 |
■ 背景:
被告ShardaはWINNERと称する殺虫剤を販売しており、当該殺虫剤には、ビフェントリン(bifenthrin)とゼータ-シペルメトリン(zeta-cypermethrin))を含んでいた。FMCは上記2件の米国特許を基にShardaを相手にペンシルバニア州東部連邦地裁で侵害裁判を提起した。何度かのやり取りの後、地裁は仮差し止めを認めた。同地裁判決(仮差し止め)を不服としShardaがCAFCに控訴した。
■ 地裁の判断:
地裁でのクレーム解釈においてクレームの組成物が979仮出願の明細書で記載された安定した組成物に限定解釈されるのか、それとも通常の意味合いで安定した物とそうでない不安定な組成物の両方を含むのかが争点となった。地裁では979仮出願およびUS8153145(145特許:979仮出願から優先権を主張)の明細書の記載に基づき416特許及び857特許のクレームは安定した組成物に限定解釈されると判断した。ShardaはMcKenzieの記事(1996年)を基に新規性欠如を主張したが、McKenzieは不安定な組成物のみを開示しているという理由で地裁は同主張を認めなかった。
■ CAFCの判断:
地裁判決を破棄差し戻す。
「1」416特許と857特許クレームの組成物の解釈
地裁は979仮出願および145特許の明細書の記載に基づき、416特許及び857特許のクレームは安定した組成物に限定解釈されると判断した。しかし、仮出願から本出願(本件訴訟の416特許と857特許)への移行時に仮出願明細書で記載された「安定(stability)」或いは「安定した組成物(stable composition)」という用語を全て削除した。
この状況(仮出から本出願への移行時の変更)は、2024年のDDR事件と類似する。DDR Holdings, LLC v. Priceline.com LLC, 122 F.4th 911 (Fed. Cir. 2024) DDR事件において、仮出願では「merchant(販売業者)」に関係する記載において「製造者、メーカー、および選ばれた製品またはサービスの販売業者」と定義していた。しかし、問題となった特許では「merchant」を「製造者、販売業者、または商品の再販業者」と定義していた。特許の明細書において特筆すべきは、販売業者に関連してサービスについての言及が一切ない点である。CAFCは「サービス」の削除を極めて重要であると認定し、当業者であれば「仮出願から本出願の特許明細書への移行により、出願人がクレーム用語の意味について意図するところが変化した」と理解するであろうと説明した。
上記解釈は本件にも適用される。979仮出願では「安定」した組成物に限定されてたに拘わらず本出願においては当該「安定」という用語を全て削除した。すなわち、当業者であれば本出願(本件訴訟の416特許と857特許)では安定した組成物に限定されるとは解釈しないであろう。本出願(本件訴訟の416特許と857特許)に、仮出願の内容が参照により組み込まれているが(incorporated by reference)、先願(仮出願)の限定的な解釈を後願(本出願)に反映することはできない。Finjan LLC v. ESET, LLC 51 F.4th 1377 (Fed. Cir. 2022)
FMCは本件とDDR事件とは異なると主張している。すなわち、DDR事件では仮出願と比較すると本出願から派生する特許は限定されるのに対して、本件ではその逆に権利範囲が広がるのである。しかし、狭くなる、広がる、は関係ない。仮出願と本出願との間での用語の意味合いが変化したという点が重要である。本件では本出願の明細書において仮出願明細書の「安定した組成物」という文言を全て削除したのであり、出願人が「安定した組成物」のみに限定解釈することを否定した意図と解釈される。979仮出願から優先権を主張し派生した145特許(本件訴訟の416特許と857特許のファミリー)では当該用語(安定した組成物)が一切削除されていないので仮出願での解釈が適用されるであろう。通常であれば同一の優先権を持つファミリー特許におけるクレームは互いに整合性をもつように解釈するが、本件のように出願人(権利者FMC)が仮出願からの移行時に本出願の明細書に重要な補正を行った場合にはクレームの用語の解釈が異なる。
(FMCの説得力の欠けた反論:一部略)
上記理由によって本件特許クレームの組成物に「安定した」という特徴を付記するとした地裁のクレーム解釈は誤りである。差戻審において地裁は本件特許クレームに通常の意味合いで解釈するべきである。
「2」McKenzie引例によって新規性が否定されるか?
Shardaは本件特許のクレームはMcKenzie引例によって新規性を喪失すると主張している。被疑侵害者が仮差し止めの決定に反駁するにはクレームを無効にする必要はなく、むしろ、クレームの有効性に実質的な疑義を呈することで可能。それを受けて、特許権者は無効化の主張に対してより有効な証拠を提示すればよい。Natera, Inc. v. NeoGenomics Lab’ys. inc., 106 F.4th 1369 (Fed. Cir. 2024)
McKenzie引例は不安定な組成物のみを開示しており、それを主たる理由として地裁は本件特許クレームの新規性は否定されないと判断した。上記したように地裁の本件特許クレームの解釈は誤りである。したがって、McKenzie引例による新規性の判断にも誤りがある。さらに、地裁で新規性を判断する上でMcKenzie引例の好適実施例に照準を合わせて判断したのも誤りである。新規性を判断する際に引用される先行文献はその開示の全体を参照されるべきである(好適実施例のみが先行文献の開示ではない)。
「3」本件特許クレームのプレアンブル(序文)の解釈:
さらにFMCは本件特許の幾つかのクレームのプレアンブルには「ダニ駆除」と記載しており、McKenzie引例にはダニ駆除に関する記載はないと主張している。しかし、特許のプレアンブルで発明の使用目的に該当する記載は通常クレームの権利範囲に影響しない。Pacing Techs v. Garmin Int’l, 778 F.3d 1021 (Fed. Cir. 2015)
プレアンブルの解釈に対するFMCの唯一の反論は、あるクレームのプレアンブルが「ダニ駆除(miticidal)」と記載している一方で、別のクレームのプレアンブルが「ダニ駆除用または殺虫用(miticidal or insecticidal)」と記載していることから、そのプレアンブルの文言の違いに意味を与えるべきだ、というものである。しかし、この文言上の差異に基づく主張は、プレアンブルがクレームを限定することを前提としている。そもそもプレアンブルの文言がクレームを拘束しないのであれば、文言の違いは影響しない。Symantec Corp v. Comput. Assocs. Int’l, Inc. 522 F.3d (Fed. Cir. 2008)
自明性および記載要件に関する箇所は略す。
結論:
地裁判決を破棄し差戻す。
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