Colibri Heart Valve v. Medtronic Corevalve 出願審査段階で、類似の独立クレームをキャンセルすることで他方の類似独立クレームの構成要素に禁反言が生じ、均等侵害が認められなかった事件 Summarized by Tatsuo YABE – 2025-10-03 |
本件は久々の均等侵害に関する興味深い判決である。審査過程において類似の独立クレームが2つ存在した。唯一の違いは、一方のクレームは「AをプッシュすることでBを筒状のCから部分的に露出させる」、他方は「筒状のCを引き戻すことによってBをCから部分的に露出させる」という点であった。他方のクレームは記載要件を満たさないという拒絶を受け出願人はキャンセルし、一方のクレームのみが権利化された。一方のクレームの当該特徴は減縮補正されておらず、地裁は被告の形態(キャンセルされたクレームに近い形態)を均等侵害と認定し、損害賠償金(1億6000万ドル)の支払いを命じた。被告は控訴し、CAFCは、類似する2つの独立クレームで、審査段階で他方のクレームをキャンセルしたという事実に基づき、一方のクレームに禁反言が成立するとし、一方のクレーム(権利化された)の対応する構成要素には均等論が適用されないと判断し地裁判決を破棄した。
以下のような例示がより理解しやすいかもしれない。
独立クレーム1(A+B1+C)
独立クレーム2 (A+B2+C) 審査過程でキャンセル(削除)
イ号:おおよそ A+B2+C
独立クレーム1のB1は減縮補正されていないが独立クレーム2を削除したことで経過書類禁反言が成立しB1に均等論を適用しB2を権利範囲に含むことはできない。
2002年のFesto最高裁判決[1]において、問題となったFestoのクレームは出願審査の段階で明らかに減縮補正されていたので経過書類禁反言が成立し被告の勝訴(非侵害)となった。しかし、本件においては類似の独立クレームの片方の放棄(キャンセル)がもう一方の類似のクレームに禁反言を及ぼすということを明示した。この法理は2004年のHoneywell事件[2]の法理と重なる部分がある。Honeywell事件では許可可能とされた従属クレームを独立形式に書き換えたことで従属クレームの特徴に対して禁反言が成立した。従属クレームは確かに独立形式に補正されたものの、そもそも112条(d)項によって従属クレームは独立クレームの特徴を全て含んでいる。したがって独立形式への補正ではあるが本来の従属クレームの特徴を全て列記したということに過ぎない。
本件判決がでたことで、Honeywell事件、さらには、Festo最高裁判決などDOE(均等侵害)に関する判決を今一度レビュするのによい機会かもしれない(特に2005年以降にこの業界に入られた人)。本件は、実は出願人がTrack Iを申請し早期の権利化を求めた(実に6か月以内に権利となった)。権利化を急ぎ、出願人は112条拒絶されたクレーム(複数)はばっさりと削除するという対応をしてしまった。しかし、ひと呼吸おいて112条拒絶への丁寧な反論、あるいは、妥当な補正、さらには継続出願をすることで今回の地裁判決(均等侵害で損害賠償額1億6000万ドル)をCAFCでも支持されたかもしれない。
実務上の留意点:
出願審査段階において許可可能とされた従属クレームを独立形式に補正する、あるいは、OAで許可可能と拒絶クレームが混在するときに安易な権利化の道(拒絶クレームを削除し、許可可能クレームのみを権利化)を選ぶ場合には削除するクレームが許可されたクレームの構成要素の解釈に影響しないかを判断することが重要であろう。(以上筆者)
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■ 特許権者:Colibri Heart Valve LLC (Calibri)
■ 被疑侵害者:Medtronic Corevalve, LLC (Medtronic)
■ 関連特許:USP 8,900,294 (以下294特許)
出願日:2002年1月4日の原出願よりCIP及び継続出願。本件特許は2014年4月15日に出願
特許日:2014年12月2日(出願からわずか6か月程度で権利化された理由はTrack 1で審査された)
■ 特許発明の概要:
当該特許は、カテーテル挿入により、人工心臓弁(ステント100+弁200)を正確な位置に埋植する方法に関する。人工心臓弁(100+200)を埋植するにあたり、所望される位置と少しずれる場合に従事者(医師)が微調整できる仕組み(方法)を規定している。すなわち、人工心臓弁を 部分的に展開し、位置が不適切な場合にシース460に再収納できる方法。これにより埋植時に“やり直し (RE DO)”の機会を与える。
294特許の図8は、カテーテル400の構成を説明する図であり、ステント100の全体がシース410から露出しているので本来であればステント100は自動的に拡張(展開)するが構成部材を説明するためにステント100が拡張(展開)する前の状態を図示している。ステント100は自動的に拡張(展開)する金属製の部材で、血管に挿入し移動させる際には可動型のシース410の中に収納されており、所定位置に達したときにカテーテルのシースからステント100の一部を押出し、部分展開させる。部分展開させたときに、ステント100の展開位置が正確ではないと判断されると、一部露出したステントをシースに戻し位置調整をする。
■ 事件の背景
294特許は、出願段階では4つの独立クレームがあり、本件訴訟で問題となったのはクレーム34(現294特許のクレーム1)とクレーム39であり、クレーム34は新規性欠如と自明とされ、クレーム39は112条の拒絶(明細書の記述要件違反)を受けた。最終的にはCalibriはクレーム39およびその従属クレーム全てをキャンセルした。294特許は審査過程のクレーム34(補正後)とその従属クレームのみが残った。CalibriはMedtronicを相手に侵害裁判を提起した。地裁ではMedtronicの均等論による侵害が認められ1億6000万ドルの損害賠償額の支払いという判決となった。同判決を不服としMedtronicがCAFCに控訴した。
■ 地裁の判断:
陪審はColibriの主張「Medtronicの均等論侵害」を認定し、1億600万ドル超の損害賠償を認めた。地裁もJMOL(法律上の判決)申立を却下。
■ CAFCの判断
地裁判決を破棄する。
争点:
出願審査段階でクレーム39をキャンセルしたことで、294特許のクレーム1(審査時はクレーム34)の権利範囲に影響するのか?
審査段階のクレーム34とクレーム39はともに人工心臓弁を所定位置に移動させた後に、人工心臓弁の先端部(進行方向)を部分的に展開する方法を規定しており、クレーム34(現294特許のクレーム1)ではプッシャー420を押し出すことで実行する;
現クレーム1(審査時のクレーム34)
の関連部分
after
the advancing step, partially deploying a distal portion of the replacement
heart valve device within the patient by pushing out the pusher member
from the moveable sheath to expose the distal portion of the re-placement heart
valve device;
審査時にキャンセルしたクレーム39では可動型のシース460を引き戻すことで実行すると規定している。
キャンセルされた審査時のクレーム39
の関連部分
after
the advancing step, partially deploying the replacement heart valve device
within the patient by retracting the moveable sheath to expose a portion
of the replacement heart valve device;
図説すると以下のようになる:
現クレーム1(審査時のクレーム34) |
キャンセルされた審査時のクレーム39 |
![]() |
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Medtronicによる被疑製品: Evolutの基本的な構造は以下の通り:
- 自己拡張型ステントと弁リーフレットを組み合わせた構造。
- 人工弁の展開はカテーテル外部のノブ操作(一方向に回転)により シースを引き戻す方式。
- 必要に応じて外部のノブ操作(逆方向に回転)によって再収納と再配置が可能。
上記説明のようにMedtronicの構造ではシースを引き戻し人工弁を部分的に展開する(シースから露出させる)。すなわち294特許出願審査中にキャンセルしたクレーム39に対応する。
Colibriはクレーム39をキャンセルしたことによってシースを引き戻し人工弁を展開するという特徴を放棄したとは解釈されない。物理の基本理論(力学)によってクレーム34(現クレーム1)のプッシャーを前進させることで心臓弁が自動的に展開するので(径方向に膨張する力によって)シースを押し戻す方向に力成分が生じると主張した。しかし、294特許の明細書コラム14によると、シース内に保持された圧縮状態の人工心臓弁はシース内の所定位置に規制されるという開示があり、さらに、Colibriの地裁での言及、「可動型のシースを単に引き戻すと内部の心臓弁も同様に引き戻される」を考慮するとクレーム34(現クレーム1:プッシャーを前進させて心臓弁を部分的に展開する)はシースの引き戻しも権利範囲に含むという主張には賛同できない。
Calibriがクレーム39をキャンセルしたという事実は、クレーム34(現クレーム1)に含まれていたかもしれない特徴(シースを引き戻すことで部分的展開)に対する禁反言として作用する。クレームが減縮補正されなければ経過書類禁反言が成立しないというのが原則である。Festo, 344 F.3d at 1366 しかし、減縮補正という要件はクレームの構成要素が減縮補正されるという形式にのみ制限されることなく、重要なクレームの主題に緊密な関係にある一方のクレームがキャンセルされた場合には他方のクレームの関連する構成要素にも影響し、他方のクレームの構成要素の権利範囲も減縮されたということになる。
クレーム39をキャンセルするということは現クレーム1の関連する構成要素の均等の幅を制限することになる。クレーム34(現クレーム1)とクレーム39との差異は、人工心臓弁を部分的にシースから露出する仕方に関して、“プッシュする(押し出す)”のか“引き戻す”かの違いのみである。よって、クレーム39の削除によって、当業者であれば出願人が“引き戻す”という手法を放棄したという意思表示であると理解するであろう。
Festo最高裁判決においても、禁反言はクレーム解釈の基本法則であり、何がキャンセルされたのか、あるいは、拒絶されたのかという主題を解釈することで確定されると述べている。Festo 判決の中で1940年のSchriber-Schroth判決[3]が引用されている。Schriber判決における法理によると禁反言はFesto事件のようにクレームの減縮時にのみ適用されるのではない。
2004年のHoneywell事件においてクレームを減縮補正したときにのみ禁反言が働くという形式的な判断基準を否定した。同事件においては親クレームが自明で、その従属クレームが許可可能と判断され、出願人は従属クレームを独立クレームの形式に書き換えたことで権利化された。Honeywellは後にこの独立クレームをもとに均等侵害を求めたが否定された。Honeywellは、従属クレームは112条(d)項のもとに本来その独立クレームの特徴を全て含んでいるので独立形式に書き換えただけなので減縮補正には該当しないと主張した。独立形式に補正された従属クレームはその本来の権利範囲は形式的には変更されていない。しかしこの形式的な事実は、原独立クレームをキャンセルし、従属クレームを独立形式に書き換えたという事実に鑑み禁反言の成立は否定されない(禁反言が成立する)。Honeywell事件において、重要なのはクレームの権利範囲で何が放棄されたのかであって、形式的にクレームの権利範囲が変化していないということではない。
(一部略)
上記理由によってCalibriの主張、「クレーム1自身が減縮補正されていない限り禁反言は成立しない」は誤りである。当業者であればクレーム39がキャンセルされたということで、現クレーム1の構成要素に均等論を適用し、クレーム39の権利範囲を取り戻せないと考えるだろう。Festoの禁反言の推定に対する反証が無い限りはColibriの274特許クレーム1の構成要素に均等論を適用することはできない。
もしColibriがシースを引き戻すことによる人工弁の露出という手法の権利化を真に望むのであれば継続出願をすることで対応できたかもしれない。しかし現状においては294特許の公衆に対する通知機能を考慮すると均等侵害は認められない。
結論:
294特許を均等侵害とした地裁判決を破棄する。本判決によって他の争点(クレームの無効、損害賠償額、・・)も審理不要
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[1] Festo Corp. v. Shoketsu Kogyo 535 U.S. 722, (2002)
[2] Honeywell Int’l Inc. v. Hamilton Sundstrand Corp, 370 F.3d 1131 (Fed. Cir. 2004)
[3] Schriber-Schroth Co. v. Cleveland Trust Co., 311 U.S. 211 (1940)
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