上院で審議中の特許に関する重要法案(2件)
2025-01-05 by Tatsuo Yabe
昨年の11月ごろから米国特許に関する2つの重要な法案が上院で審議されている。それらをPrevail 法案、及び、Restore Patent Rights Act(以下Restore法案)と称する。
(Prevail法案)
2011年の改正法(America Invents Act)で成立したIPR手続き(Inter Partes Review: 審判部における特許無効化の手続き)によって多くの米国特許が無効になり、結果的に米国特許の信頼性が損なわれるという事態が生じている。米国特許の信頼性を向上させる一つの策として検討されたのが本法案でありIPR申請人の資格(当事者適格性)を制限し、且つ、IPRで無効を主張する挙証基準を訴訟と同じにするという内容である。言い換えると、米国特許をUSPTOの審判部で無効にするハードルを上げるということであってUSPTOにおける審査の信頼性を向上することではない。 2023年に法案が作成され、2024年11月21日には上院の司法委員会を僅差で通過し、今後は上院議員全体の場で議論が展開される予定。
(Restore法案)
この法案は特許権者が侵害者に対して「差し止め」という衡平法による救済を行使しやすくするものであり、有効な特許を侵害しているという確定判決を裁判所が出した場合に特許権者は裁判所が差し止めを認めるという推定を享受できるという内容である。 2024年12月18日に上院の司法委員会の知財部会において公聴会が開かれたが賛同には至らなかった。 懸念事項としては、差し止めを認めやすくするとトロールの被害が増大するという点と、逆に差し止めを認めないと特許権者のライセンス交渉での立場が弱くなる。特に権利者がスタートアップで侵害者が大企業などの場合、差し止めというカードがなければ交渉が成立しない。
Prevail法案が成立すると確かにIPRで特許が無効になる率は減るだろう、さらにRestore法案が成立すれば特許権者の権利行使(特にライセンス交渉)に有利に働くだろう。そもそもIPRは訴訟の代替え手段として2011年に立法された手続きであり無効のためのハードルを訴訟に合わせるというのは理にかなっているのでPrevail法案はその根幹部は維持された状態で成立する方向に動くだろう。 Restore法案に関しては、特許された製品を製造する特許権者(PE: Practicing Entity)の利益の保護とNPE(Non Practicing Entity: トロール)による権利濫用の防止という2者のバランスを図るために文言を大幅に修正する必要があると考える。
今後トランプ政権となりこれら2件の法案がどうなるか継続的に追っていく必要がある。(以上筆者)
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Prevail Act: S.
2220
2024年11月21日、米国の上院議員司法委員会で審判部による特許無効化の手続き(IPR等)を大きく変更する法案(Prevail Act *1)が僅差(賛成11票 対 反対10票)で可決した。 今後は上院全体で審議がなされる予定であるが2025年1月20日以降はトランプ政権によって上院の司法委員会のメンバーが変わる可能性もあり今後の行方は定かではない。
*1: Prevail Act (Promoting and Respecting Economically Vital American Innovation Leadership Act)
2011年の特許法改正(America Invents Act)により権利付与後の特許無効化の手続きとして審判部におけるIPRという手法が構築された。そもそもの目的は特許訴訟経済におけるマイナス面(時間と費用)を軽減するために訴訟と較べて安価で且つ迅速に特許の有効性を判断できるようにすることを目的とした。しかし、結果的には、IPRのメージャープレーヤーの約80%はSamsung、Apple、Google、Intel、Microsoftの5社となった。 さらにIPRにおける特許クレームの無効化の率も高く米国特許の有効性に対する信頼性を脅かし、投資家にも多大な負の影響を及ぼし米国経済にマイナスの要因となっていることが顕在化してきた。
このような状況に鑑み、IPRにおける手続きに以下のような制限を掛けることを目的としたのがPrevail 法案である:
[1] 挙証基準の厳格化
審判部(IPR)における特許無効の挙証基準を現行の「証拠の優越性(preponderous
evidence)」を訴訟と同じ基準、即ち、「明白、且つ、説得性のある証拠(clear and
convincing evidence)」という基準に合わせる。 即ち、IPR手続きにおいて、対象となる特許には米国特許法第282条(a)項の「有効性の推定(presumption
of validity)」を適用する。なお、クレームの解釈の基準は2011年の法改正時にはBRI基準(当業者にとって合理的で最大限広く解釈する)であったが2018年に訴訟での基準、即ち、Phillips基準に改訂された。
Phillips基準とは: CAFC大法廷判決[Phillips v. AWH Corp (2005)]で訴訟におけるクレーム用語の意味合いを解釈する基準が判示された。即ち、内部証拠(クレーム、明細書、経過書類)と外部証拠(専門家証言、辞書など)の位置づけ(クレームを解釈する上での信頼度のレベル)が明瞭化された。
[2] 当事者適格性の厳格化
侵害裁判の被告; 或いは、
訴訟において特許の無効確認訴訟(DJアクション)を提起できる状況にある当事者であること(例:警告書を受け侵害裁判を掛けられる可能性が高い); 或いは、
[3] 重複する議論(主張)及び重複する手続きの制限
審判部で審理が開始された場合、IPR申請人は同一の無効理由でもって連邦地裁、或いは、ITC訴訟で特許の無効を主張することはできない(IPR経過書類禁反言となる)。 従って、連邦地裁における特許侵害裁判の被告となった場合に特許を無効にするには連邦地裁か審判部(IPR)の何れか一方を選択しなければならない。それ以外にも同一人が同一特許に対して複数のIPRを申請することを禁止する。 IPR申請人に資金援助をする者は後に自身でIPRを申請できない。IPRで特許を無効にできなかった場合にIPR申請人は後に再審査で同一特許の無効を争うことはできない。
[4] IPR審判官(行政法判事)の独立性を担保
IPR申請の要件を満たすか否かを判断したIPR審判官は、その後のIPR手続きには参加できない。USPTOの長官はIPR手続きに関与してはならない。USPTOに支払われた手続き費用を他の行政庁に割り振りすることを禁止する。
Restore Patent Rights Act:
HR9921
2024年12月18日、上院の司法委員会の知財部会で、下院による法案(HR9921:2024年7月30日、下院に提示)に対する公聴会が開かれた。同法案を「特許権の回復法」と称し米国特許法283条(差し止め)の条文に以下の内容を追加している:
米国特許法第283条に(b)項を追加する:
(b)反駁可能な推定:
もし本特許法の基に裁判所が特許権の侵害を認める最終決定をした場合、特許権者は、その侵害行為に対して裁判所が恒久的差止命令を出すべきであるとの反駁可能な推定を享受できる。
35 U.S.C. 283 – Injunction (現行) |
H.R. 9221 法案 |
The several courts having jurisdiction of cases under this title may grant injunctions in accordance with the principles of equity to prevent the violation of any right secured by patent, on such terms as the court deems reasonable. |
(a) In general. --The several courts having jurisdiction of cases under this title may grant injunctions in accordance with the principles of equity to prevent the violation of any right secured by patent, on such terms as the court deems reasonable. (b) Rebuttable presumption.—If, in a case under this title, the court enters a final judgment finding infringement of a right secured by patent, the patent owner shall be entitled to a rebuttable presumption that the court should grant a permanent injunction with respect to that infringing conduct. |
公聴会はCoons氏とTillis氏(共に上院議員)のもと4名の専門家の証言を交え行われた。
Jacob Babcock氏(NuCurrent社のCEO)は法案に賛成であり、権利者が侵害行為に対する差し止めという罰則がなければ大手企業は特許(特に小規模事業者の特許)の存在を知りながら侵害行為を継続しながら訴訟で和解あるいは損害賠償額を支払うことで解決できるという手法で対応する場合も多く特許の権利というものが現実的に機能していない。
Kristen Osenga教授(Richmondロースクール)の基本姿勢として法案に賛成であり、特許権の侵害行為に対して差し止めという救済が得られることが不確かな場合に侵害者側はライセンス料の交渉に真摯に対応するという動機が弱くなり、最悪の場合には訴訟で決まったラインセス費用の支払いで解決しようとする。実際、eBay判決以前、裁判所は有効な特許を侵害しているという確定判決に至った場合に概して恒久的差し止めを認めていた。
Joshua Landau氏(コンピューター・通信産業協会を代表して)は同法案に反対である。その主たる理由は、同法案が成立するとeBay判決(最高裁:2006年)で弱くなったNPE(権利のみを譲り受け特許されたものを製造しない団体、所謂トロール)が新たに勢力を増し、最終製品の一部の特許であっても関連会社の工場の操業停止を脅すことになり、産業にマイナスの結果をもたらすことになりかねない。
Jorge Contreras教授(ユタ州立大学)は同法案に賛否を明確にしなかった。但し、統計データを活用しeBay判決後の15年間において平均すると1年に2件しか恒久的差し止めが認められていないことを指摘した。 さらに、NPEは特許権侵害による差し止めの救済を武器にしてライセンス交渉を優位に運ぼうとするが実際差し止めによる結末を望まない。同法案は大企業を相手に特許で業界への参入を希望する事業者にとって有利に働くと述べた。
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参考:
2006年のeBay v. MercExchange判決によって最高裁判所は以下の4つの要素を明確にした。
衡平法の確立された原則に従い、恒久的差止命令を求める原告は、裁判所がその救済を認める前に4つの要素から成るテストを満たさなければなりません。原告は以下を立証する必要がある: