[2B] Amgen v. Sanofi
合衆国最高裁判決
(2023)

112条(a)項の「実施可能要件」を満たすには、出願時の明細書で、クレームされた発明の権利範囲全体を、当業者が不当に多大な実験をすることなく、製造・使用できるように記載すること

背景:コレステロールには悪玉(LDL)と善玉(HDL)があり、LDL(悪玉コレステロール)は肝細胞に吸収されると血管の内側に蓄積し心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高める可能性がある。悪玉コレステロール(LDL)は肝細胞の表面に発現するLDL受容体で保持されLDLのみ肝細胞内で分解される(以下右図)。しかし、PCSK9というプロテイン(体内で自然に生成される)がLDL受容体と結合するとLDL受容体も分解され(以下左図)LDL受容体がリサイクルできなくなりLDLがより多く肝細胞に吸収され血管の内側に蓄積するという状態となる。

Source:平成調剤薬局本部DI-Vol.79 2016/3/14 今号2

これを避けるためAmgenPCSK9と結合(binding)し、PCSK9LDL受容体と結合することを阻止(blocking)する26種のアミノ酸のシーケンス(抗体)を見出した。Amgenは、この抗体をPCSK9阻害薬(PCSK9-inhibiting drug)としてRepatha(レパーサ)という薬品名で販売しUSP 8,829,165USP 8,859,741を取得しており、これら特許でもってSanofiを提訴した。

最高裁はCAFCの判決(Amgenの特許明細書はクレームに対する実施可能要件を満たさないので無効)を満場一致で認容した。本判決の根拠として最高裁は自身のかなり古い実施可能要件に関する判決(1854年のMorse事件、1895年のIncandescent Lamp事件、1928年のPerkins Glue事件)を引用しこれら判決の法理論をAmgenのバイオの技術に適用した。

Amgenの明細書は、26通りの抗体(Species)を開示しており、クレームはPCSK9に結合し、当該PCSK9は肝細胞に発現するLDL受容体と結合することを阻止する抗体のクラス全体(Genusに権利を求めている。しかしこのクラスに属するアミノ酸の配列は26種類を遥かに超える莫大な数であるAmgenは明細書の開示を参酌することで当業者であればクレームされた機能(結合し阻止する)を満たす他のアミノ酸配列を製造・使用できると主張しているが、それは現実的には当業者が一から試行錯誤で途方もない実験を繰り返すことが必要となる。従って、最高裁は、Amgenの明細書の記述は、当該クレームの権利範囲全域に亘って当業者が発明を実施できるように記述されていないと判断した。

明細書は常にクレームされたクラスに含まれるすべての実施形態を製造且つ使用可能に詳述しなければならないという意味ではない。例えば、明細書中に、クレームされたクラスの全体に共通する一般的な性質、「特定の目的に対する特定の適合性」と理解される・・・を説明していれば明細書の開示は十分と理解されるであろう。さらには、明細書の説明を基に当業者が発明を実施するのに幾分かの応用、或いは、実験を必要とするからということで当該明細書の開示は不十分であるとは判断されない。Minerals Separation事件でも判示したように、実施可能要件を満たす明細書の開示のレベルとは、当業者が発明を実施するのに合理的な回数実験(a reasonable amount of experimentation)を必要とするレベルでも良い。ここで言う「合理的な(reasonable)」とは技術分野及び従来技術によって事案毎に判断される。

Amgen最高裁の判決をまとめると、112(a)項の「実施可能要件」を満たすには、出願時の明細書で、クレームされた発明の権利範囲全体を、当業者が不当に多大な実験をすることなく、製造・使用できるように記載することと理解される。

尚、最高裁は明示していないが、不当に大変な実験 (undue experimentation)」を要するか否かはWandsテストの要因を考慮し判断する。In re Wands (1988)