Actelion
Pharma v. Mylan Pharma
クレームの「pH13」の意味合いは外部証拠による検討が必要とした判決 Summarized by Tatsuo YABE – 2024-01-02
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本事案は特許クレームの「pH13以上」という文言の下限値が四捨五入による値12.5~13.4を含むのか、或いは、より正確な値12.995~13.004の範囲なのかが争点となった。被疑侵害者の製品に関するpHの値は本判決文には明示されていないがpH12.5であったようだ。そもそもクレームは審査経過中に何度か補正され最終的に「pH12以上」という限定が「pH13以上」に補正された。審査官もpH13の場合にpH12の場合と較べて溶液の安定性が顕著に良いことを認めた。通常であれば経過書類禁反言(基本的には均等論の適用も無し)によってクレームのpHは13以上であることに疑う余地はない。依って、経過書類禁反言の法理に基づきpH12.5は権利範囲に入らない。しかし明細書に記載された実験例にはpH12とpH13の間で変化するph(例えばph12.5)に対する実験例はない。
さらに、そもそもpHとは溶液中の水素イオンの濃度であり現実的には小数点以下3桁の正確さでpHを測定することは至難の業である。依って、クレームでpH13という値はph13.000を意味すると解釈することは当業者にとって無理がある。地裁は内部証拠のみでこのpH13という意味合いを解釈しpH12.5~13.4を含むと判断した。しかしCAFCは内部証拠のみでは本事案のクレームは解釈するのは不当であり、地裁において両当事者が提示した外部証拠(化学の教科書)などを再度検討し判断するように差戻した。
本事案から学べることはpHのように正確な測定が困難な値でクレームをする場合には、測定誤差(公差)を見込んだ値を明細書で記載しておくべきだったであろう。このpH13の解釈のためにどれだけの訴訟費用が嵩むことか・・・。(以上筆者)
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■ 特許権者:Actelion
Pharmaceuticals Inc.,
■ 被疑侵害者:Mylan
Pharmaceuticals Inc.,
■ 関連特許:USP 8,318,802 & USP 8,598,227 (以下’802 & ‘227特許)
■ 特許発明の概要:
当該特許は共に心血管疾患(cardiovascular
disease)の処方薬に関するものでエポプロステノール製剤に関する。ANDA(簡略新薬申請)訴訟で問題となる製剤はエポプロステノールというもので心血管疾患に処方に有効である。
エポプロステノールは1980年代に発見され、1995年最初に市販されたのがFlolan®(商標名)という医薬品である。エポプロステノールは水中では不安定でありフリーズ・ドライ(冷凍・乾燥)しFlolan粉末として使用していた。802特許によると冷凍することなく、静脈内の液体で再構成できるエポプロステノール製剤が必要であった。802特許の発明者は、アルカリ化剤の存在下で且つ高いpH値のエポプロステノール溶液がFlolan®と比べて非常に安定していることを偶然に発見した。
■ 事件の背景:
Actelionはエポプロステノール製品である注射用エポプロステノール・ソディウムをVeletri®というブランド名で販売しており上記2件の特許の権利者である。後発のMylanはFDAにANDA(簡略新薬申請)を申請し、注射用のGenericの製造販売の承認を求めた。当該ANDAには802特許及び227特許のクレームは無効である、若しくは、ANDA製品による侵害はないという証明書が含まれていた。権利者Actelionは当該証明書を受け取るとMylanを2件の特許を侵害しているとし訴訟を提起した。
■ 代表的なクレーム (802特許クレーム11):
11. A lyophilisate formed from a bulk
solution comprising:
(a) epoprostenol or a salt
thereof;
(b) arginine;
(c) sodium hydroxide; and
(d) water,
wherein the bulk solution has
a pH of 13 or higher, and wherein said lyophilisate is capable of being
reconstituted for intravenous administration with an intravenous fluid.
■争点:
Actelionの特許クレームにおける「pH13以上 (a pH of 13 or
higher)」の下限値はpH12.5~13.4を含むのか?
■ 地裁の判断:
ActelionはpH13という値は四捨五入される範囲を含むと主張した。即ち、クレームのpH13はpH12.5を含む。Mylan側はクレームのpH13はpH13より小さい値を含まないと反論した。MylanはActelionの主張する四捨五入による数値範囲を否定するも、もし仮に地裁が四捨五入の解釈を採用するとしても下限値は12.995~13.004の範囲であると述べた(3件の化学教科書に基づく)。
地裁は、pHの測定値はそもそも溶液中の水素イオンの濃度でありLOG関数で表現するという化学の教科書(外部証拠)に関して言及を避け、クレームにおいてpH13と2桁の数字で規定されており明細書にこの数値を高い精度で解釈することを要求する記載はない、且つ、経過書類においても高い精度での解釈をしたという記録はないのでActelionの主張(即ち、pH13は12.5~13.4を意味する)を採用した。
Actelionはさらに2021年のAstraZeneca判決(AstraZeneca AB v. Mylan Pharama)を引用し、本件において発明者はAstraZeneca事件における高い精度で数値限定(数値の範囲を精密に解釈)を意図した記録は明細書、及び、経過書類にはないと判断した。
上記理由によりMylanはActelionの特許を侵害すると判断した。
■ CAFCの判断
地裁判決を破棄・差戻
上記のように地裁は内部証拠のみでクレームを解釈したので、CAFCにおいてはde novo基準(地裁の判断には一切拘束されない)で審理をする。
争点は唯一、802特許クレームのpH13の解釈である。MylandはクレームのpH13は下限値であり、この値を下回るものを含まない、もし仮に、誤差の範囲を含むとした場合であってもpH13.00に対する四捨五入であり12.995~13.004であると主張している。Actelionは地裁の四捨五入を採用したクレーム解釈を否定する内部証拠は存在しない、故に、pH13はpH12.5~pH13.4であるという判断が正しいと主張する。
クレームの文言:
クレームで規定するpH13は下限値であり上限は規定されていない。MylanはCAFCの判例において上限が規定されていない数値範囲の規定では下限値に四捨五入を適用することはないと主張するが、そのような規則はない。そもそも本件において上限はpH14なので上限が規定されているのと同じである。
MylanはクレームのpH13の前には「about(約)」を意味する近似用語(approximation language)はないのでpH13の13は正確に13であると主張する。そうでなければクレームの表現で「pH13」と「about pH13」の違いが無くなり”about”を意味する近似用語の意味がなくなる。Actelionは四捨五入で解釈するのと「約」などの近似用語で表現するのでは、数値の解釈は違うと反論している。さらに、Actelionは溶液中の水素イオンの数を正確にカウントすることは科学的に不可能なので、pHの値を精密(正確)に測定することは現実的に無理があると主張する。
CAFCは両者の主張に同等の妥当性があると判断する。即ち、近似用語がないので近似の値を含まないという解釈、しかし、そもそもpHという値の性質上多少の公差(誤差)を含むのは避けられないという解釈。
クレームは単に測定された値が13以上(あらゆる測定手段による測定値であっても良い)と規定しているのではなく、pH13又はそれ以上と規定している。従って、地裁はpH13という値が当業者にとってどう意味するのか、例えば、正確に13、有効桁数、或いは、四捨五入での解釈が可能か、を両者が提示した外部証拠でもって検討するべきであった。
明細書:
明細書はクレームの意味合いを解釈するのに、最も重要であり、且つ、唯一で最善のガイドである。Phillips
v. AWH (Fed. Cir. en banc 2005) 本件特許に関して発明者はpH13の正確さの度合いに関して明細書で整合性のある説明をしていない。明細書では溶液全体のpHは好適には12.5~13.5の範囲に調整され、最も好ましくは13であると説明している。Mylanはこの開示からpH13はpH12.5~13.5と識別されることを発明者は認識しており、クレームの「ph13以上」の解釈は13の近似値を含まないと主張している。Actelionは逆に13は四捨五入される値を含む、さもなくば好適実施例(12.5~13.5)を権利範囲から除くことになると主張している。
事実、明細書ではpH13.0はpH13という両方の表現を用い、それらが等しい意味のように記載している。この明細書の記載の仕方はAstraZeneca事件で問題となった特許明細書の記載とは顕著に異なる。AstraZeneca事件では、化合物が治療上有効な医薬品に開発できるか否かを判断する際に安定性が最も重要な要素の一つであった。同事件では、クレームでPVPの濃度「0.001%」は0.0005%~0.0014%を含むのか、或いは、「0.001%」にさらに近似した値のみを含むのかが争点となった。明細書、図5においてPVP濃度が0.0005%のときに製剤は最も不安定であると開示していたので0.0005%は権利範囲から除外することが明白となった。このように明細書で小数点以下4桁の精度がPVPの安定性に影響を与えることが明細書から理解された。
AstraZeneca事件と同様に本事案においても製剤の「安定性」ということが重要である。しかし明細書にはpH12とpH13との間におけるエポプロステノール製剤の安定性に関して言及していない。即ち、pH12とpH13との間でpH値が微妙に変化した場合のエポプロステノール製剤の安定性に関して開示していない。従って、クレームのpH13の意味合いは明細書を参酌してもクリアにすることはできない。
経過書類:
経過書類は発明者が自身の発明をどのように理解していたか、或いは、クレームを減縮補正することで自身の発明の権利範囲をどの程度制限したかを理解するのに有効である。Phillips大法廷判決(2005)
残念ながら本事案においては経過書類を参酌してもクレームのpH13の意味合いはクリアにならない。
経過書類を参酌すると発明者はクレームを何度か補正した。審査中に引用された先行技術文献にはpH9以上の組成物と再構成された溶液ではpHが12以上と開示しており、出願人の初期のクレームを拒絶した。尚、審査官は出願人はpHが12以上の場合の顕著な優位性を挙証していないが、pH13以上の場合の優位性を証明していると述べた。後に出願人は「pH12以上」というクレームを「pH13以上」に補正しクレームは許可された。審査官は許可理由として明細書のTable 8とTable 9にpH13以上の場合に予期せぬ効果を生じることが開示されていると述べた。さらに、先行技術にはpH13以上の場合には、pH11又はpH12の場合よりも顕著な効果(予期せぬ効果を達成できる)があることは開示されていないと述べた。
このように経過書類を参酌するとpH12の場合とpH13の場合では製剤の安定性に顕著な違いがあることは理解できるが、pH12とpH13の間でpHが変化する場合に関しては理解できない。従って、経過書類を参酌してもクレームのpH13がpH12.5を含むのかを判断できない。
本事案は、外部証拠を参酌しないとクレームを解釈できないという種類の事案である。地裁は少なくとも両当事者が提示した化学の教科書を検討しなければならない。2015年のTeva最高裁事件(Teva Pharms. v. Sandoz: 2015)で、最高裁は事件の性質上内部証拠のみでは科学技術の背景又はクレームの用語の意味合いを解釈することは無理で、そのような場合には外部証拠を参酌しなければならないことを明示している。CAFCにおいてもクレームの用語の意味合いが内部証拠のみでは不確かな場合には外部証拠に依拠するべきであると述べている。Pickholtz v. Rainbow Techs (Fed. Cir. 2002)
結論:
地裁判決を破棄し外部証拠を参酌しクレームのpHの範囲を解釈するよう指示。
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