Belcher Pharma v Hospira, Inc., 2021年9月1日
Inequitable Conduct (不公正行為の認定) OPINION by Reyna, joined by Taranto and Stoll
(Circuit Judges)
Summarized by
Tatsuo YABE –
2021-09-11 |
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本事案は特許権者の出願審査中における不公正行為が認定されたケースである。
出願人(特にBelcher社の知財部長Rubin氏)のFDA(米国食品医薬局)に対し新薬申請手続き(NDA:
New Drug Application)中に開示した情報の重要性及びそれら重要情報を特許出願審査経過中に意図的に提出しなかったと言う事実が「明白且つ説得性のある証拠」で挙証されていると地裁で認定された。
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即ち、地裁において2011年のTherasense判決の法理に基づき「(i)重要性の要件」及び「(ii)特許庁を騙す意図」が明白且つ説得性のある証拠でもって挙証されていると判断され出願人の不公正行為を認めた。ここで注意すべきは「(i)重要性の要件」に関しては、地裁において無効の根拠とならずとも、PTOで審査において特許の発行を阻止する先行技術文献であれば重要な情報であり「(i)重要性の要件」を満たすと判断される場合もあるAventis
Pharma S.A. v. Hospira, Inc., (Fed. Cir. 2012)。
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尚、当該地裁判決に対するCAFCの判断基準が再度確認された:
地裁における不公正行為の判断に対して2通りの審理基準で判断する。
即ち、「(i)重要性」と「(ii)騙す意図」の判断の基礎となる事実に対する地裁の認定には明白なエラー(clear
error)があるか否かで判断する。その判断基準を基礎とし「不公正行為があったか否か」という最終判断に対しては地裁の裁量権の乱用(abuse
of discretion)という基準で判断する。Larson
Mfg. Co. of S.D. v. Ali (Fed. Cir. 2009)
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以上のように地裁にてTherasenseの法理に基づき地裁で出願人の「不公正行為」が認定された場合に、当該認定は余程のことがない限りは控訴審(CAFC)で覆されない。(以上筆者)
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■ 特許権者:Belcher
Pharmaceuticals, LLC,
■ 被疑侵害者:Hospira,
Inc.,
■ 関連特許:USP
9,283,197 (以下197特許)
出願日:2014年8月15日
特許日:2016年3月15日
■ 特許発明の概要:
当該特許は注射可能な
l-epinephrine(アドレナリン)無菌溶液の液状薬の配合に関し、pHを2.8〜3.3に設定したことを特徴とする。
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■ 代表的なクレーム:
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6. An injectable liquid pharmaceutical formulation of l-epinephrine sterile
solution; said liquid pharmaceutical formulation having a pH between 2.8
and 3.3;
said injectable liquid pharmaceutical formulation
compounded in an aqueous solution as 1.0 to 1.06 mg/mL l-epinephrine, and
further including a tonicity agent; said liquid pharmaceutical formulation
including no more than about 6% d-epinephrine and no more than about 0.5%
adrenalone at release, and no more than about 12% d-epinephrine and no more than
about 0.5% adrenalone over a shelf-life of at least 12 months.
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■ FDA(米国食品医薬局)に対する新薬の承認手続き
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☆ NDA申請:2012年11月
Belcherは注射可能なl-epinephrine1mg/1mL溶液の配合に関しFDAに書面のみでNDA (New
Drug Application)を提出。
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NDAにおいてスイスのSintetica社の原薬の配合を説明し、SinteticaではpHは2.2〜4.0。Belcherは2000年初頭からアドレナリンの配合に対し合成保存剤及び亜鉛酸塩を含有しないことがトレンドになってきたのでpHを2.8〜3.3に設定していると述べ、当該アドレナリン溶液を「Sinteticaの保存剤及び亜鉛酸塩フリー溶液1mg/1mL」と呼称した。
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Belcherは無菌状態にするプロセスにおいて、窒素で酸素を除去し、pHを2.8〜3.3(古い)から2.4〜2.6(新規)にすることで構造の安定性と再現性を強化し、溶液中の残存酸素による悪影響を減らすと述べた。
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2013年2月、FDAはBelcherに対し実際の薬品の効果を示す情報開示を請求し、BelcherはSinteticaに協力を要請した。同年3月、Belcherは自身の薬品はSinteticaのものと比較するとpHが僅かに異なるだけで安定性のテストを要しないと述べた。FDAとの幾度かのやり取りの後、FDAの承認を得やすくするためにINCリサーチセンターの助言に従い2013年10月、BelcherはpH2.4〜2.6を元のpH2.8〜3.3に戻した。
☆ FDA承認:2015年7月
FDAの承認がおりた。
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■ 出願経過
☆ 出願日:2014年8月15日、
BelcherのCEO兼発明者であるJugal
Taneja氏は米国特許出願を申請した。当該出願の明細書にてl-epinephrine(アドレナリン)の劣化による課題を述べ、その解決策としてpH2.2〜2.6値を大きくすることは当業者の常識に反し、pH2.8〜3.3にすることでl-epinephrine(アドレナリン)の劣化を三分の一にできることを発見したと説明している。
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6.
An injectable liquid pharmaceutical formulation of l-epinephrine sterile
solution; said liquid pharmaceutical formulation having
a pH between 2.8 and 3.3;
said injectable liquid pharmaceutical formulation
compounded in an aqueous solution as 1.0 to 1.06 mg/mL l-epinephrine, and
further including a tonicity agent; said liquid pharmaceutical formulation
including no more than about 6% d-epinephrine and no more than about 0.5%
adrenalone at release, and no more than about 12% d-epinephrine and no more than
about 0.5% adrenalone over a shelf-life of at least 12 months.
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☆ 第1回目のOA: 2015年8月11日
第1回目のOA(拒絶通知)においてカナダ特許2002643号(Helenek)によって問題となるクレームは自明として拒絶。Helenek引例において注射可能なアドレナリン(合成保存剤と酸化物フリー)pH2.2〜5.0の製造方法が開示されている問題となったクレーム6はHelenek引例によって自明とされた。
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2015年11月5日、発明者Tajenaは、クレーム6のpH2.8〜3.3は「予期せぬ結果」を生じるのでHelenek引例の開示によって自明ではないと反論した。
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☆ 特許発行日:2016年3月15日
2015年12月16日にインタビューをした後にクレームは許可され2016年3月15日に197特許となった。
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Belcherの知財部部長であるRubin氏は197特許の出願審査経過(第1回目の拒絶理由に対する反論及びインタビュー)、及び、FDAに新薬承認の手続き(NDA)に中心的人物として関与しており以下の事実([a]-[c])も197特許出願日の前に周知していた:
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[a] Stepenskyの論文(pH3.25〜3.70)
[b] Sintetica社の製品(pH2.2〜4.0)
[c] JHP(会社名)は2013年10月29日までにpH2.2〜5.0のアドレナリン溶液を市場に出していた。BelcherはJHPの製品(3つのバッチサンプル)をSintetica社に分析依頼し、JHPの製品がクレームのpH2.8〜3.3の範囲(3種のバッチサンプルの計測値:pH2.9、2.9、3.1)に入っていたことを周知していた。
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■ 地裁の判断
☆「重要性に関して」
BelcherのRubin氏は197特許の出願審査中においてJHPの製品、Sinteticaの製品及びStepenskyの論文をIDSとしてPTOに提出しなかった。これら情報は197特許成立に関して「重要な情報:審査されていたら197特許は成立していなかった」である。
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Rubin氏はFDAでの新薬承認手続きにおいてpH2.8〜3.3を古い値としており、Stepensky論文のpH値と重なっており、さらに、JHPの製品の試験値においてもクレームのpHレンジ(JHP製品3種のバッチサンプルの計測値:pH2.9、2.9、3.1)に入る。さらにBelcherはFDAの手続きにおいてpHレンジを2.8〜3.3に戻しFDAは新薬を承認した。この時系列な事実関係にありながら出願明細書において2.8〜3.3はラセミ化を削減するのに非常に重要であると述べている。
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☆「騙す意図に関して」
上記事実関係に拘わらず上記情報をIDSしなかった理由に対するRubin氏の事実審における証言は質問を回避する努力が頻発し、Rubin氏の発言の信ぴょう性に重大な疑義が生じた。依って、地裁は、当該情報を提出しなかった理由はPTOを騙す意図を持ってこそという唯一の推論が妥当すると判断した。
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■ CAFCの判断
地裁判決を支持する。
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「地裁判決に対するレビュ基準」
地裁の不公正行為認定という判断に対して2通りの審理基準で判断する。即ち、「重要性」と「騙す意図」の判断の基礎となる事実に対する地裁の認定には明白なエラー(clear
error)があるか否かで判断する。その判断基準を基礎とし「不公正行為があったか否か」という最終判断に対しては地裁の裁量権の乱用(abuse
of discretion)という基準で判断する。Larson
Mfg. Co. of S.D. v. Ali
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不公正行為の挙証は被疑侵害者の防御(defense)の一つであり挙証された場合には問題となる特許は権利行使不可となる。Therasense
Inc. v. Becton Dickinson & Co., (Fed Cir.
2011);
Aventis
Pharma S.A. v. Hospira, Inc., (Fed. Cir. 2012)
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☆「重要性の要件」
地裁において無効の根拠とならずとも、PTOで審査において特許の発行を阻止するものであれば先行技術文献は「重要な情報」と判断される場合もあるAventis。即ち、特許庁においてそれが提出されていたならば問題となるクレームは許可されていなかったであろうということであれば重要性の要件を満たす。従って、PTOによる「BRI基準」で且つ「証拠の優越性」の挙証基準で
but for materiality(それが提出されていたなら拒絶されていたであろう)の基準を満たすAventis。
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BelcherはJHP社のプロテイン溶液の情報によってクレームは自明であり無効という判断に反論していない。地裁で引例によって無効とする判断の挙証基準な「明白且つ説得性のある」基準でありPTOでの自明性の判断基準より高いので、PTOに提出されなかった情報の重要性の要件は満たされている。
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☆「騙す意図」
騙す意図を挙証するには被疑侵害者は出願人は情報とその重要性を理解していながら、それを意図的に開示しないという判断をしたという事実を明白且つ説得性のある挙証基準で証明しなければならない。さらにPTOを騙す意図という事実は証拠から導き出させる唯一合理的に推論でなければならない。
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上記した地裁における事実認定(Rubin氏はJHPの製品情報を知っていながら非開示;197特許の出願審査及びFDAでの新薬承認手続きにおけるRubin氏の中心的な役割;特にSintetica社によるJHP社の製品の試験結果pHを周知していながら拒絶理由に対してpH2.8〜3.3が予期せぬ効果を発揮するうえで非常に重要であると述べたという事実)を基に地裁が下した判断(上記間接証拠から導き出させるの唯一妥当な推論はRubin氏がPTOを騙す意図を持って非開示)に明白なエラーは見いだせない。
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地裁判決を支持する。
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